製造業がMBSEを導入する前に知るべき課題と対策
複雑化する製品開発に対応するため、製造業でMBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)の導入が注目されています。本記事では、製造業がMBSE導入前に知っておくべき課題と対策、成功のポイント、支援サービスの特徴を解説します。
MBSEとは? 製造業で導入が進む背景と意義
近年、製造業における製品設計の複雑性は飛躍的に増しています。製品の高度化・多機能化にともない、機械・電気・ソフトウェアの統合設計が求められるようになりました。さらに、IoTやAIなどの新技術の組み込み、サイバーセキュリティ対応、ISOやIECといった各種規格への準拠など、設計業務にはこれまで以上の正確性と整合性が必要となっています。
このような状況で注目されているのが、MBSE(Model-Based Systems Engineering : モデルベースシステムズエンジニアリング)です。MBSEとは、システム開発における要件定義、設計、検証といったプロセス全体を、テキスト主体ではなく「モデル」を中心に進めるアプローチです。従来のドキュメントベースでは、開発途中で仕様の齟齬や認識のずれが生じやすく、手戻りや不具合の温床となっていました。一方でMBSEでは、視覚的・構造的なモデルを用いることで、システム全体の整合性を保ち、関係者間の共通理解を促進することが可能です。
MBSEの中心的なモデリング言語として活用されているのが「SysML(Systems Modeling Language)」です。SysMLは、UML(Unified Modeling Language)をベースにシステムズエンジニアリング向けに拡張されたモデリング言語で、機能、構造、振る舞い、要件といった多様な観点からモデルを構築することができます。これにより、部門間の専門性の壁を超えて一貫した設計情報の連携と可視化が実現されます。
MBSE導入によって期待される効果は多岐にわたります。たとえば、設計変更に対する影響範囲を迅速に把握できるため、手戻りの削減や開発期間の短縮が見込まれます。また、モデル上での検討を重ねることで、試作回数の削減や設計品質の向上にもつながります。さらに、設計ナレッジの形式知化が進むことで、属人化の回避やスキル継承にも効果を発揮します。
このように、製品開発の現場で求められるスピード・精度・協調性の向上を実現する手段として、MBSEは製造業において導入の機運が高まっています。
MBSE ソリューションに関する資料のご紹介
製造業がMBSEを導入する前に直面する主な課題
MBSEは製造業の複雑な製品開発を支える有効な手法として注目を集めていますが、導入にはいくつかの障壁が存在します。多くの企業が「ツールを導入したが定着しない」「思ったような効果が得られない」といった悩みを抱えており、導入前にこれらの課題を十分に把握し、対策を講じることが成功の鍵となります。
1. PoCで止まりがちな現場の導入ハードル
多くの企業では、MBSEの導入を小規模なPoC(概念実証)から始めるケースが一般的です。しかし、PoCが終わっても本格的な業務定着には至らず、導入効果が一過性で終わってしまうことが少なくありません。
その背景には、ツール導入にとどまり、活用ルールや業務プロセスへの組み込みが不十分なまま運用が始まってしまうという実態があります。また、SysMLなどのモデル表記に慣れていない現場技術者に対する教育が行き届かず、「誰も使わないモデル」が量産される結果となることもあります。
さらに、MBSEは電気・ソフト・機械といった異なる分野の技術者が連携して設計を進めるための基本ですが、部門間の連携(クロスファンクション)が確立されていない組織では、サイロ化(縦割り)の壁が障害となります。特に現場では「自分たちの設計手法が否定されるのでは」といった懸念や抵抗感が存在しやすく、それがPoCからの展開を妨げる要因となります。
2. 規制や標準への対応負荷の増加
製造業を取り巻く環境では、安全性や信頼性の担保が強く求められています。たとえば自動車業界であればISO 26262(機能安全)やAutomotive SPICE(A-SPICE)など、製品開発の各フェーズで国際的な標準への対応が不可欠です。
しかし、これらの規格に対応するためには、要件から設計、検証までのトレーサビリティ(追跡可能性)を確保する必要があり、従来のドキュメント管理では限界があります。複数の関係者が別々の資料で作業を進めると整合性が崩れやすく、認証取得や監査対応で多大な労力がかかるという課題があります。
MBSEは本来、こうしたトレーサビリティ確保を効率化するためのアプローチでもありますが、導入初期ではその仕組みを確立するまでに時間と工数がかかるため、かえって導入直後に業務負荷が増加したように感じられることがあります。
3. 経営層の理解不足と意思決定の障壁
MBSEの推進には、現場主導のボトムアップだけでは限界があります。全社的な開発プロセスの見直しや役割分担の再構築が求められるため、経営層の理解と支援が不可欠です。しかし実際には、「MBSE=モデリングツールの導入」と誤解されていたり、「現場改善の一環」としか見なされていなかったりと、経営層の関心が薄く、投資判断が遅れるケースが少なくありません。
また、MBSEがもたらす価値は「見える化」や「整合性向上」「設計品質の向上」といった定性的な側面が多く、短期的な費用対効果を評価しにくいのも一因です。そのため、中長期視点での経営判断を促すための働きかけや、現場との橋渡し役の存在が重要となります。
MBSE導入を成功させるための具体的対策
MBSEを単なる「ツール導入」に終わらせず、業務に定着させて継続的な価値を生み出すためには、いくつかの重要な取り組みが必要です。ここでは、MBSEを製造業で成功させるための具体的な対策を5つの視点で紹介します。
1. 現場をつなぐ支援パートナーの選定
MBSEの定着には、単なるツール導入だけでは不十分です。設計業務への組み込み方や部門間の連携、教育、そして現場での使い方まで含めて支援できる「伴走型の支援パートナー」の選定が鍵となります。
成功事例を持つコンサルティング型の支援会社は、現場と経営層の橋渡しや、MBSEを現実的なプロジェクトに落とし込む経験とノウハウを有しています。特に日本の製造業においては、形式知だけでなく暗黙知の扱い方やすり合わせ型開発への理解が求められるため、それらに対応できる支援先を選ぶことが定着率に大きく影響します。
2. 小さく始めて成果を出す段階的アプローチ
MBSEの全社展開は一足飛びにはいきません。最初から全体を変革しようとすると現場の抵抗を招きやすいため、小さなPoC(概念実証)から始め、成功を積み重ねていくことが推奨されます。
初期はあえて「目的を限定」し、関係部門の負荷を抑えることで導入のハードルを下げます。そのうえで得られた成果や改善効果を社内で共有し、関係者の理解と納得を得ながら段階的に展開していく手法が有効です。
この段階的な導入モデルは、現場に混乱を生まず、確実な定着を図るうえでも実践的です。
3. モデル活用ルールと部門横断の体制構築
MBSEを業務に根付かせるためには、「モデルをどのように使い、管理していくか」の明確なルール作りが必要です。
たとえば、SysMLを共通言語として使うことで、電気・ソフト・機械といった部門間での設計情報の整合性を保ちやすくなります。あわせて、レビュー体制、変更管理、バージョン管理などの基本ルールを整備し、モデルを単なる図としてではなく、設計の根幹として扱う文化を醸成することが重要です。
また、MBSEは部門横断の体制構築が前提となるため、リーダーシップを持った推進組織の設置や、全体統括者の任命も不可欠です。
4. トレーサビリティと規制対応の効率化
ISO 26262やAutomotive SPICEなど、製造業では安全性・信頼性を求められる場面が増えています。こうした規制への対応においても、MBSEは有効な手段です。
具体的には、要件→設計→検証といった各工程をモデルでつなぎ、一元的に管理することで、監査対応の負担が軽減されます。また、モデル上での変更履歴や設計根拠が可視化されるため、設計の妥当性や整合性の説明が容易になり、規制対応のスピードと正確性が向上します。
さらに、設計資産を再利用する際にもトレーサビリティが確保されていれば、品質保証や証跡管理において大きなメリットがあります。
5. 経営層への説明と社内展開への働きかけ
- MBSEの導入において経営層の理解と支援を得ることは非常に重要です。そのためには、現場レベルで得られた成果を経営視点で「見える化」し、定量・定性的な効果として報告することが求められます。
- 工数削減(設計フェーズの作業時間短縮)
- 手戻りの削減(仕様の不整合や設計ミスの早期検出)
- 不具合の削減(試作・量産前に問題を抽出)
- 設計の整合性向上・再利用性向上 といった効果を実例とともに説明することで、経営層の納得感を得やすくなります。
たとえば、
また、他社の導入事例やベンチマークを紹介することで、「自社も同様の効果を得られるのでは」という期待を醸成しやすくなります。現場の声と経営層の期待をつなぐ「橋渡し役」の存在が、組織全体での展開を後押しします。
オージス総研のMBSEソリューションの特徴と強み
MBSEの導入には、単なるツールの選定だけでなく、企業文化や業務プロセスに合った「定着支援」が不可欠です。オージス総研では、日本の製造業に根差した経験と知見を活かし、現場と経営をつなぐMBSEの定着支援を提供しています。ここでは、オージス総研のソリューションが持つ4つの強みをご紹介します。
1. 日本型開発文化に適応したMBSE支援
オージス総研は、日本の製造業に根付いた「すり合わせ型開発」や「現場重視の文化」を重視しMBSEの支援を行います。海外のMBSEフレームワークをそのまま適用するのではなく、日本の開発スタイルにフィットする方法論と導入プロセスを設計することで、違和感なく業務へ定着させることが可能です。
特に、部門間の調整や暗黙知の共有が重要な製造現場では、「現場を理解するMBSE支援」が導入の成否を分ける鍵となります。オージス総研は、現場と設計プロセスの橋渡し役としての役割を重視し、段階的かつ着実な定着を支援します。
2. モデル作成を通じてシステムズエンジニアリングの実践支援に対応
オージス総研のMBSE支援は、単なるモデリング支援にとどまりません。システムズエンジニアリング(SE)の考え方を設計業務に定着させることを目指しており、要求分析から設計・検証に至るまでの一貫したプロセスを、モデルでつなげて支援します。
たとえば、SysMLを用いた要求の可視化や、設計と要件の整合性確認、検証項目とのトレーサビリティの確保といった一連の活動を構造的かつ再現性のある形で現場に展開します。これにより、開発プロジェクトの全体構造が明確になり、属人的な判断に依存しない設計品質の実現が可能になります。
3. 教育と人材育成を重視した支援体制
MBSEを推進するうえで、人材育成は最も重要な要素の一つです。SysMLなどのモデリング技術はもちろん、システムズエンジニアリングに必要な思考法や実務運用のノウハウまで、オージス総研では体系的な教育プログラムを提供しています。
教育内容は、入門~応用レベルまで段階的に用意されており、講義と演習を組み合わせた実践型カリキュラムを通じてスキルの定着を図ります。また、顧客のニーズに応じてカスタマイズ可能な社内向けラーニングコースの設計・提供も可能で、MBSE推進の内製化にも貢献します。
4. 多様な製造業での支援実績と信頼性
オージス総研は、自動車、電機、精密機器など多様な製造業におけるMBSE導入支援の実績を多数有しています。特に、PoC段階から全社展開までの段階的導入を支援した経験が豊富で、成功事例として「導入から半年で特許ネタ10件が抽出された」といった成果も報告されています。
当社の強みは、現場レベルの課題を丁寧にヒアリングしながら、経営層への報告・提案まで一貫して支援する体制を持っていることです。そのため、現場と経営の両者から高い信頼を得ており、MBSE推進の"橋渡し役"として多くの企業から選ばれています。
次のステップへ
ここまで、MBSEの基本と製造業における導入課題、そして成功に導くための具体策について解説してきました。MBSEは単なる技術導入ではなく、開発現場に新たな設計文化をもたらすための変革活動です。
「PoCで止まっている」「社内の理解が得られない」「どこから手をつければよいかわからない」といった悩みをお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。
MBSE ソリューションに関する資料のご紹介
2025年8月6日公開
※この記事に掲載されている内容、および製品仕様、所属情報(会社名・部署名)は公開当時のものです。予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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