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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (3)」

2019.07.16 株式会社オージス総研  山海 一剛

1.2019 年4 月8 日

朝一番からお昼少し前までたっぷり時間をかけたにもかかわらず、打合せの成果は惨憺たるものだった。
結局、「自社ならではのサービス」は全く思いつかず、無理やりひねり出しても、事例に乗っているアイデアの二番煎じや三番煎じ。大森君はいつもの調子で自分から話し始めないことに加えて、私は沈黙が苦手。結局、私だけがしゃべり続けている状況だった。
無駄に疲れた上に成果が何もなかったので、心身ともにへとへとになって席に帰ってきた。「おつかれさま~って…、ほんまに疲れてる感じやな。」京子が近づいてきた。
「よし、こういう時には華厳でプチ贅沢といきましょうか?」
「華厳」はオフィスから少し離れた場所にある少し高級な日本料理屋。ちょっと贅沢なランチをしたいとき、たまに足を延ばして行くお店だ。半ばやけ気味なこともあって、和定食の「松」を注文。財布のことを考えると少し後悔したものの、見た目も豪華なお膳が出てくると否応なくテンションがあがる。
まずはお吸い物のふたを取って口をつける。特にここのお吸い物には一目おいているのだ。個性が強すぎず、でも奥深い味わい。姿勢を正してじっくり味わうと、焼いた骨の香ばしさや、かすかな柚子の香りが感じられる。この瞬間だけは全てを忘れてお椀と向き合うのだ。

華厳にて

結婚した当時は、主婦としていつかこの味を目指そうと心に決めていたのだが、共働きの今では料理の腕前をあげる時間も取れそうにない。神妙な私を面白そうに見ていた京子は
「まるで茶道やね」
「どうやったらこの味が出せるのか分析してるのよ」
「ふーん。でもそれは無理なんちゃう。ここの板さんが何年も修行した努力と工夫の結果がこの味やねんで。特に椀方いうたら板前さんでもなかなかなられへんポジションや。そんなん結果だけみても作り方わかるわけないやん」
なるほど。
結果だけみても作り方はわからない。
努力と工夫の結果。
たしかに京子のいうとおりだ。
事例には結果しか書かれていないけど、あのたくさんの事例の裏には多くの人の苦労と工夫が隠れているに違い無い。ひとつの事例は何十何百という失敗事例の結果かも知れないのだ。私の考えが甘かった。
椀の中に浮かぶ山椒の葉っぱを眺めながら考え続けた。
「室長ってそんなに大変なん?まぁ気楽にやったらええやんちゃう?」
心配した京子が声をかけてくる。
「ううん、そうじゃなくって…」
何かが見えてきた気がして顔を上げた
「ありがとう京子。ええヒントもろたわ」
なぜか京子の関西弁がうつってしまっていた。

2.2019 年4 月9 日

結果だけみても作り方はわからない、つまりプロセスが大事ということか。
でも、苦労話なんて事例を読んでも書かれていない。失敗事例なんて記事にする人すらいないだろう。
ではどうすればいいのか。私は何をすべきなのか
昨日の午後以降、悶々と考え続けた私は、とうとう途方に暮れて、前の席でパソコンに顔を突っこんでいる大森君に声をかけた。
「大森君、もし大森君がプロ並みの美味しいお吸い物を作れるようになりたいって思ったら、どうする」
「はぁ、あ、えーっと、お吸い物ですか」
顔の角度は変えずに、視線だけこちらを見る。何を言い出したんだ、この人は…そんな目のように感じた。
「そう、それもプロ並みの味」
「う~ん、であれば…」
嫌な予感がした。また「ググってみれば」とか言うんじゃないよね。
「板前の修業をするしかないんじゃないですか」
意外とまともな答えだったので、椅子から転げ落ちずに済んだ。
が、そこから会話が続くことも無く、また大森君は顔を下げてパソコンを見ている。
「じゃぁ、新しい事業を立ち上げるための修行って、どうすればできると思う?」
「え、そんなのあるんですか」
いや、そこを相談してるんだけど…
「…無いと思いますよ」
と言うと、ふと席を立ってどこかに行ってしまった。
うーん、やはり聞く相手を間違ったか…。
落胆しているところへ、大森君が何枚か紙を持って戻ってきたので驚いた。どうやらプリンターに印刷した資料を取りに行っていたらしい。ならそう言ってから席を立てよっ
「いくつかの事例に、共通するキーワードみたいなものがあるんです。」
印刷してきたのは自分で作ったメモのようだ。それを私に手渡しての説明によると、「デザイン思考」という言葉が、複数の事例に登場するらしい。例えばデザイン思考の考えで良いアイデアを得たとか、デザイン思考の手法でうまく行ったとか…。さらに資料のページをめくると「デザイン思考とは」を簡単にまとめたページだった。う~ん、やるじゃないか、大森!
彼のまとめによると、デザイン思考とはデザイナーがデザインするときの思考方法であり、デビッド・ケリーと言う人が、その思考方法をビジネスに適用することを主張したあたりから始まるらしい。ケリーはIDEO という会社の創立者なのだが、IDEO はデザイン思考のコンサルティング会社として、グーグルやアップルにも関わっているとのこと。
そのあとは、デザイン思考をキーワードについてさらに詳しく調べたりしていた。調べてみると、デザイン思考を教えるセミナーやワークショップも結構みつかった。一日や半日の入門編もあれば、数日かけてワークショップ主体で行うものもある。何とかそこまでたどり着いたものの、保育園から息子が熱を出したと連絡が入って、この日は大慌てで会社を後にした。
<つづく>

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