WEBマガジン

「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (15)」

2020.04.20 株式会社オージス総研  山海 一剛

2019年7月9日(1)

第一四半期明けの7月1日、5人の新事業企画室の兼務発令が出た。

まず編集制作部からは大崎さん、現在は文化課のキャップ。キャップとは記者のリーダー的存在だ。政治課や経済課に比べると少し地味な課だが、もともと経済課で敏腕記者と言われた人だ。文化課に移ったのは近々いずれかの課のデスクに昇進することを念頭に、視野を広げてさせるためだろうと社内では噂されている。

販売部からはベテランの福石さん。社内だけでなく、販売店の方々からの人望も厚い"頼れるおやじさん"だ。

印刷部からは中堅の水沼さん、ストレートな本音トークをする人で、社内では毒舌家で皮肉屋というイメージを持たれているが、その内容は正論なので私は嫌いではない。

業務部は私より2年前に中途入社した荒田くん。今まで個人的な接点はなかったのでよく知らないが、ほかの会社を経験しているので、ほかのメンバーには無い新たな視点を提供してくれそうだ。

問題は営業部の萩原さん、営業というのはこういうものだという強い信念を持っている人で、後輩の面倒見もいい。それはそれでいいのだが、どうも考え方が固い印象があって、こういう新しい活動に馴染んでくれるのか心配だ。自称「坂根部長の一番弟子」でもあるが、ワークショップで大きく印象が変わった坂根部長同様に、新しい側面を知ることになればいいのだが。

人選依頼のメールを社長に送ってもらってから、各部の回答まで実質1週間だったことを考えれば、非常に速い決定だったが、そのかわり立候補した人以外には寝耳に水だったはずだ。それもあって時間の調整が難しく、出来るだけ早めに開催したかったキックオフミーティングが今日になってしまった。

顔合わせ

メンバーひとりずつに自己紹介してもらった後、私から今までの経緯を説明した。特に時間をかけて説明したのは、ワークショップでまとめた"5年度、10年後の会社がありたい姿"だった。

「単に結論を伝えるのではなく、経営層の方々の思いを伝えないとだめですよ」と、佐野さんに言われていたので、ハイポイントインタビューで印象に残ったエピソードや、5年後、10年後に向けての課題として、どのようなものが挙げられたか等も説明した。しゃべっていると、その記憶がよみがえってきて、我ながら熱いトークになってしまった。

「以上、少し長くなりましたが、これまでの経緯です。何かご質問はありませんか?」

しーんとしてしまった。一方的に話過ぎたかもしれない。少し焦って会議室の一番後ろに座っている佐野さんの顔を見る。私の目をみて少しにっこりしたのは、「大丈夫ですよ」というメッセージだと受け取り、少し心を落ち着かせた。
「何かご感想でもいいです。どうお感じになられましたか」
さらにしばらく沈黙が続く。

「ここまではっきり課題を突き付けられちゃうと、若手社員の離職率が上がっちゃうんじゃないの」
沈黙を破ったのは水沼さん。ネガティブな気持ちで言っているわけではないのはわかるが、いつものようにシニカルな表現だ。

「だからといって現実から目をそらしても解決にはならんよな。経営層もちゃんと現実を見据えているということがわかって、むしろ安心したよ」と、福石さんらしいフォローが入る。社内で最も人望の厚い人が発言したことで、少し空気が和らいだ気がする。

「で、僕らは何をすればいいのかな。将来が厳しいことはよくわかったよ。であれば新事業を考えるのは他のみなさんにお任せして、我々営業は少しでも多く広告を取ってくることにエネルギーを使う方が、よほど生き残りの道だと思うけどな」と、萩原さん。

「いえ、ここは組織の役割を超えて、協力しあわないと」

「簡単に役割を超えるっていうけど、役割分担は大事だよ。それぞれの役割に応じて頑張る、そのために組織や人ごとに役割が与えられてるんじゃないの」
いかにも萩原さんらしい考え方だ。ある程度想定はしていたけど、つい言葉に詰まる。

「ちょっといいですか」
佐野さんが立ち上がった。

「新しい事業を考えるためには、組織横断的な活動が欠かせないんです。今の組織と役割は、今のビジネスを遂行するために作られたものです。だから組織の役割分担にこだわっていては、新しいものは生み出せません。」
全員を見渡しながら話を続ける。
「一方、今のビジネスに携わっている方にこそ、自社が提供できる新しい価値とは何かを考えてほしいのです。現場の方々は、いろいろな形でお客様や協力会社との接点をお持ちです。つまり社外との接点を持っているわけです。だからこそ、皆さんの経験と知恵を集めて、会社が提供できる新しい価値とは何かを考えてほしいんです。それは岩崎さんや大森さんだけでは出来ないことだからです。」

佐野さんが、萩原さんの方に向き直ったので、私もそっちを見る。口を固く結んでいる。

「特に営業の方は、普段からたくさんのお客様とお話をしておられますよね。だから営業の方には特にご協力いただきたいのです」

「なるほど、わかりました」あえて抑揚を抑えたようなトーンで萩原さんが答える。
あ、納得していないな...。とりあえず矛を収めたようだが、表情を見れば納得していないのがわかる。

「ご理解いただき、ありがとうございます」
佐野さんも同じように感じ取ったはずなので、これはちょっとした嫌味だな。心の中で苦笑しながらも、先々のことを考えると心が重い。

「では、岩崎さんから、今回の活動のテーマを説明してもらいます」
再び私にバトンが回ってきた。

<つづく>

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