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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (21)」

2020.07.27 株式会社オージス総研  山海 一剛

2019年8月23日

みんなで着眼点を考えた翌日、久しぶりに京子を昼食に誘った。昨日のワークショップの話をして、感想を聞きたいということと、帰り際に佐野さんが言っていた次のワークショップのお題を考えあぐねていたからだ。もちろん京子にとって専門外だし担当外だけど、これまでも雑談していたらヒントらしきものが得られたことがある。

京子はもちろんOKだったけど、条件が2つ。
ひとつは最近発見したオフィスの近くの南インド料理店に行くこと。南インド料理ってやっぱりカレーなんだろうか?相変わらずグルメ情報に詳しい京子には感心するが、カレーは大好きなので拒否する理由はない。
もうひとつは大森くんを誘うこと。
「あんたの可愛い部下なんやから。私もご挨拶しとかんとね。ふふふ」
最後の「ふふふ」が少し不気味だが、思い返してみると、私も一緒に食事なんてしたことがない。ましてや「どう、帰りに一杯」なんて、息子のお迎えがある私には出来ない。むしろ良い機会だと発想を切り替えて、前の席の大森くんに声を掛けてみる。
「ねぇ、大森くん」
「はい」
以前に比べると返事の声が少し大きくなったが、相変わらずそっけない。
「今日のランチは、一緒にカレー食べに行かない?総務の京子も一緒に」
「あ、はい。いいですよ」
また顔をパソコンに埋めてしまって、それ以上の会話が続かないのは、これまでと同じだった。

1階のエレベーターホールで待ち合わせてお店に向う。お店は表通りから奥に入った路地のようなところ。スナックやバーが集まっている一帯なので、ランチタイムは人通りが少ない。数少ない営業中のお店が目的のお店だった。オフィスのすぐ近くにこんな店があったとは。

予想通り小さなお店で、カウンターが中心。入ったとたんにスパイスの香りが鼻を突く。ちょうど一番奥にある唯一のテーブル席が空いていてラッキーだった。

「へー、こんな店があったのね。知らなかった。でも内装はあまりインドって感じじゃないわね」
というと、メニューを持ってきた若い店主が
「ここって本来スナックなのをランチタイムだけ借りてカレー屋をやらせてもらってるんです」
と答える。
口ひげとあごひげにロングヘアーを首の後ろで束ねたヒッピー風のお兄さんだが、年齢は大森くんと大差ないだろう。

「へー、昼の時間帯だけ」
「そういうのって東京や大阪では増えてるらしいで。"間借りカレー"って言うらしい」
京子が説明してくれる。

メニューを見ると、3種類のカレーがあって、2種盛りや3種盛りも選べるようになっている。出来れば全種類食べてみたいが、とても食べきれそうにない。日替わりの「サバのココナッツカレー」は捨てがたい。随分悩んだ結果、定番メニューの「チェティナードチキンカレー」との2種盛りにした。

料理が来るまでに、みんなで考えた着眼点の内容や、その過程でどんな意見が出たのかを京子に説明した。ときおり言葉足らずになりかけると、大森くんがフォローしてくれたのは助かった。

「へー、それは大森くんにとってもやりがいがあるんじゃないの」
大森くんがこちらの会社に就職した経緯は、以前京子に説明しておいた。
「はい。」
普段とは違って、力強く言い切る大森くん。

「で、次のワークショップのテーマが、"How Might We クエッション"って言うんだけど」

「は? はうまいとくえっしょん?」
いきなり京子のアタマで言語処理できなかったらしい京子の言葉が、私のアタマに平仮名で入ってきた。

「はい。"How Might We xxx ?"、どうすれば私たちは〇〇出来るのだろうか?という意味の英語ですね。デザイン思考を勉強したときにも出てきました。」
大森くんが答える
これは宿題ではなく、佐野さんが次回予告として教えてくれていたものだが、手ごわそうなので考え始めておきたかったのだ。

「で、その"はうまいとなんたら"って、どういう風に考えるの?」
「着眼点で書いたニーズを、どういう方向に解決してあげればいいのか?ですね。 昨日決めたのは『相手の生活の邪魔にならないようなかたちで、互いの様子を把握する必要があった。』ですけど、ではそれを、どういう風にそれを解決すればいいのか?を考えるんです」
「そう、しかもなるべくたくさん考えてもらいますからねって、佐野さんが言ってたのよ」
「なるべくたくさん...か。なんか大喜利みたいな感じやね。う~ん、ほんなら、相手家族の邪魔にならないように、隠しカメラで盗撮サービスとか」
「おいおい、そんなのビジネスにできるわけないでしょ」
と思わずつっこんでしまう。
「いろんな候補を考えるべきなので、案としてはアリなんですが、それは手段を含めてしまってますね。解決の方向性であって、解決手段までは考えてはいけないんです。でもそういう少し突飛な考え方は重要ですね。」
大森くんのことだから、事前にネットで調べていたのだろうけど、とてもわかりやすく説明してくれたのには少し驚いた。

「なるほど、じゃ、互いに気を使い過ぎてるのが問題なんやから、家族全員が鈍感になるクスリでも飲ませれば」
「そんなクスリどこにあるのよ。」
「だからそれを開発して新規事業にするとか」
京子の爪の垢を原料にすれば、開発できそうだ。

京子とのやり取りがだんだん漫才のようになってきたところで、わたしたちの会話がどこまで聞こえていたのか、妙ににこやかな表情で店主がカレーを運んできた。

テーブルに置かれたとたん、フレッシュなスパイスの香りが鼻をくすぐる。明らかに他の店には無い鮮烈な香りに、みんなの目がカレーに注がれる。「こちらがサンバル、こちらがラッサムです。サンバルとラッサムはお代わりできます」メインの2種以外に添えられた料理を指しているようだが、もはや何語なのかもわからない。

「現地で修行されたんですか」
人見知りの大森くんが、初対面の店主に声をかけたのは意外だった。

「はい、南インドの有名なレストランで住み込みで働きながら習ったんです」
「そのお店に誰かお知り合いが?」
「いえ、現地に行って、飛び入りでお願いしたんです」
その答えに目を見張る大森くん。外見はちょっとチャラい感じだけど、アポなしで有名レストランに突撃して住み込みで働くなんて、私も驚いた.。

「ランチタイムしかやってないんですか?」
と私も興味を持って聞いてみる。
「はい。昼間の使っていない時間だけ借りているんで家賃が安いんです。まずは、どこまで自分の腕が通用するか試してみたくって。」
少し照れ臭そうだ。

「あーっ、これ美味しい。食べたことない味」
とチキンカレーを口にした京子が声をあげる。
「それチェティナード風って言うんですけど、まだ日本で出す店は少ないと思いますよ」
「こっちも南インド風?」
私もサバのココナツカレーを指して聞いてみる。
「南インドの味付けを参考にしていますが、オリジナルです。カレーは競争が激しいので、他が出せない味を研究しておかないとと思って」
魚の臭みは全くなく、ココナツの甘味がほろほろ崩れるサバの身によく合う。

結局、How might weクエッションの話はどこかに行ってしまい、食べてる以外の時間は店主への質問攻めになってしまった。このあとも大森くんは熱心に質問していた。そんなにカレーに興味があるのだろうか。

カレー店にて

オフィスへの帰り、コンビニに寄ると言う大森くんと別れた後、京子が言った。
「大森くん、ちゃんと理解もしてて説明もできるし、しっかりしてるやん」
「うん、なんかちょっとたくましくなった感じ」

「ハナ、もっと大森くんに任せてみたら?部下の才能を伸ばすのが上司の仕事やで。がんばりや!」
ビルの一階に着いたとき、京子は強い口調で言って、私の手のひらに何かを押し付けてきた。
手のひらを開くとミルク飴。
京子の"大阪のおばちゃん化"は確実に進行しているらしい。

<つづく>

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