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「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（４４）」

2021.07.30 株式会社オージス総研　　山海　一剛

2019年11月20日（１）

翌日の朝一番、席にバッグを置くと、真っ先に会議室に行ってみた。

・ビジネスモデルキャンバスとサービスブループリントから、サービス立ち上げのために必要な検証項目と作成物を抽出する。
・それらの検証や作成を、①テストマーケティングまでに、②テストマーケティングのときに、③事業化判断のあとで、の３つに分類する

これが昨日の作業だったのだが、時間切れになってしまった。でも何人かが残って作業してくれたようなので、その結果が気になっていたのだ。

壁に貼られたボードの前に立ってみると、昨日の夕方よりも格段に付箋が増えている。サービスブループリントはサイズも大きくなったみたいだ。

「おはようございます」

と声が聞こえたので、ふり向くとドアのところに大森くんが立っていた。私が熱心に見ていたのがサービスブループリントだと気づいたのか、
「あ、それ、昨日議論が盛り上がって、時間軸も拡張しようということになったんですよ」
と、近づいてきた。

時間軸を？

見ると、昨日の時点左端に「契約」と書かれていたのが「認知」に変わっている。さらに右に「興味」「検討」と続いていて、その次に「契約」があった。契約の下にあった付箋も一緒に移動されている。

「契約から後だけじゃなくて、契約までのプロセスも考えないと、って水沼さんが言いだしたんですよ。なんか"マーケティング・ファネル"ってやつらしいです」

私も営業パーソンだったから、マーケティングは多少勉強した。薄れかけた記憶から引き出してみると、マーケティング・ファネルとはたしか、「消費者は購買に至るまでに、認知、興味、検討の段階を経る」というような内容だったはずだ。契約してもらうためには、まずサービスの存在を認知してもらわないといけないし、次に興味を持ってもらわないといけない、そして契約を具体的に検討してもらわないといけない。ユーザーに右から左へと移動してもらうために、それぞれの段階で何をすべきか？や何が必要か？という観点で検証項目や作成物を洗い出そうということなのだろう。確かにそれは納得できる。

「おはよう」
さらに別の声。ふり返ると福石さんだ。

「いやぁ昨日は、水沼さんが良い観点で意見を出してくれたよ。マーケティング的な発想はなかったものな。さっき社長も見て感心していたよ」
「え、社長も見に来られたんですか」
「あぁ、社長は毎日朝一番にボードを見に来るんだよ。知らなかった？」
社長はいつも朝が早い。私は毎日息子を送り届けた後、遅刻寸前で会社に飛び込んでくるので、全然知らなかった。
「まぁ知ってる人は少ないだろうけどね」
私の心を見透かしたように付け加える。

サービスブループリント2

「社長は、それぞれのボードの目的とか見方とか、理解しておられるんでしょうか」
「もちろん理解しているよ。それに、わからないことがあれば質問してくれるよ。まぁメンバーの中でその時間に出社しているのは、僕か水沼さんなので、たいていこの２人が声を掛けられるけどね」
そんなこととは知らなかった。

「社長も気にかけておられるんですね」
と大森くん。

「いや、気にかけるとは、少し違うかな」
と福石さん
「社長としては、プロジェクトの最新状況を把握しておきたい。会社にとって重要なプロジェクトだからね。でもだからといって、わざわざ報告だけのためにみんなの時間を使わせてさせたくないんだよ。例えば週に１回、報告会議をするとしよう。会議の時間だけでなく、報告資料をまとめたり、指摘事項に対応したりということに我々は煩わされることになる。でも、そういう従来型の報連相のやり方は、こういう新規事業の立ち上げには向かないんだ」

佐野さんも「社内で新しい事業を立ち上げるには、現場への大幅な権限移譲が必要」と言っていた。今までと同じような考え方で報告を義務付けると、経営層が権限を移譲したつもりになっても、現場のメンバーが必要なときに素早い判断ができなくなるとも。

「さすが社長ですね」
と大森くん。
「いや、社長も"最初のうちは、現場にどう接すればいいか悩んだ"と言っていたよ。そこで佐野さんに相談したら、"ボードを使って見える化をするから、状況は見れば把握できるはず"、"現場へは指示ではなく、質問してください"と言われたそうだ」
経営層が干渉すると裁量を与えたはずの現場が委縮してしまう。でも放任というわけにもいかない。

「松下幸之助さんの言葉で、"任せて任さず"という言葉があるけど知っているかな。ボードを使った見える化は、"任せて任さず"の手段でもあるということだな」
見える化には、そんな効果もあったのか。

「だから、事業化判断の期限を切ってきたのも、現場の状況を無視して会社の都合を押し付けてきたわけじゃないんだよ。毎日のようにボードを見て、佐野さんの意見も聞きながら、僕たちに拍車をかけるのは今だと判断したわけだ」

"任せて任さず"という言葉をもう一度噛みしめてみる。たしかに今まで、社長や他の重役から、何らかの指示を与えられたことはなかった。私たちは悩みながらも自分たちで考え、自分たちで判断してきた。それは任されていたのと同時に、しっかりと見守られてもいたんだ。

「でも、社長の性格からすると、本当はもっと口出ししたいんじゃないかな。きっとすごく我慢してるんだと思うよ。じゃぁ」
と笑って、福石さんは去っていった。

その後、もう少しだけ会議室に残り、大森くんの説明で昨夜の内容をキャッチアップした。

＜つづく＞

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