WEBマガジン

「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（４９）」

2021.10.29 株式会社オージス総研　　山海　一剛

2020年1月31日（2）

佐野さんに事業計画書の説明を続けてもらう。

「5. 市場規模については、想定ユーザーの数ということになります。このサービスの場合、子世代と同居していない親世代の世帯数が母数と考えればよさそうですね。これはいろいろな統計資料から計算できるはずなので、大丈夫かと思います。
6. マーケティング戦略は、このサービスの存在をどうユーザーに知ってもらうか？から。実際に契約してもらうまでの流れを考えることになります。どういうチャネルを使って宣伝するのかを考えたり、あと、今までにないサービスなので、契約に向かって検討中のユーザーの背中を押すためには、お試し期間なども必要ですね。えーと、つまり...」
佐野さんの目が、サービスブループリントの方に向く。

「このあたりのことだね」
素早く察して水沼さんが、サービスブループリントの左側を指さした。水沼さんが提案した、認知、興味、検討の列、つまりマーケティングファネルの部分だ。
「そう、そうです」
「既にいろいろなアイデアは出ているから、それを書けばいいのかな」
と水沼さん。
「でもそのアイデアを書くだけではだめなんです。アイデアそれぞれに、コストもかかるわけですから、そのコストを見積もって、コスト構造や収益計画に反映する必要があります。
7.の収益化は、価格設定をどうするか、そして、どういう方法で集金するかです」

価格については、テストマーケティングのユーザーに妥当な価格感をインタビューした結果から、月単位の価格を仮決めしている。回収方法は、新聞代に上乗せするという案もあったが、決済代行業者経由のクレジットカード払いがいいだろうということになった。配達員さんがサービスの主体とはいえ、うちの購読者のみという制約を作りたくなかったし、費用を負担するとしたら都会の子世代側だろうからというのがその理由だ。

「8. 原価構造ですが、まずは販売店さんや配達員さんへの報酬がありますよね。加えて、さきほど言ったようにマーケティングに要する費用、それから事務作業のための労務費など。労務費は、これは運営体制を決めないと見積もれませんよね。あとテストマーケティングのようにYouTubeを使い続けるわけにはいかないでしょうから、ITシステムも必要でしょう。その構築費用、つまり初期費用と運用費用も見積もらないといけません。
...さて、ここまでご理解いただけましたか」
と、一息つく佐野さん。

「うーん、各章をバラバラに作るわけにはいかなくって、相互に整合性を取らないといけないんだな。これは大変だ」
と、萩原さん。

積み上げる元になる数字は、ある程度揃っている。でもどういう前提で積み上げればいいのかが悩ましい。一番基本になるのはユーザー数だろうけど、どれぐらいの人が契約してくれるのかなんて、それこそわからない。強気の前提にすれば、高い収益性を提示できるが、本当にそんなにユーザーがつくのか？と事業計画の信ぴょう性は下がるだろう。

「はい、そこが一番難しいところです。そこで最初に考えていただきたいことがあります」
と佐野さんが切り出したので、再びみんな佐野さんの説明に集中する。

「いきなりサービスイン直後から利益が出るサービスなんて、ほとんどありません。最初の何年かは赤字、そして数年後に利益が出るようになるというのが普通です。ここで重要なのは赤字の期間に真の事業性を見極めること、そしてその間の投資を必要最低限に抑えるということなんです」

「というと具体的には...」

「極端に言えば、２つの方向性があります。ひとつはできるだけ早期に収益化する前提で計画を立てる。獲得ユーザー数を強気に設定して、最初からマーケティングにもコストをかけて集客に尽力する。いきなりユーザー数が急増する前提なので、バックヤードの労務費も多めに想定する必要がありますし、ITシステムなども最初から充実したものを構築しないと、ユーザーをさばけません」

「そんな強気なやり方をするのは、少数派なのでは」

「必ずしもそうではないですよ。例えば、競合他社に真似される可能性の高いサービスであれば、できるだけ早くに多くのユーザーを確保することで、囲い込んでしまわないと、いくら斬新なサービスを最初に出したとしても、負けてしまいます。早く利益を出すために、こういうやり方をするケースもありますが、さらに逆のパターンもあります」

「逆というと」

「Amazonがいい例なんです。最初の数年は収益性度外視でユーザー数を増やし続けたんです。他の会社が参入しようにも、Amazonが収益性の低いマーケットを作ってしまったので、算入できない、というか魅力がないマーケットなんですよね。で、マーケットのシェアをじゅうぶんに獲得してから、収益が出るビジネスモデルに変えていった...」

「もうひとつは、収益化の時期を先に設定して、徐々にユーザー数を増やしていくというパターンです。赤字の期間はそれだけ長くなりますけど、過剰な投資を控えて、許容できる赤字に抑えることが重要です。ユーザーの増加に合わせて適宜追加投資をしていくんです。で、順調にユーザーが増え続ければ、少し先ではあるけど、収益化できるというわけです」

収益化の考え方

「なので、どちらのパターンを選択するか、具体的には、収益化の目標を何年後あたりに目指すのか、まずこの大方針が必要です。その方針にもとづいて、初年度にはユーザー数はこれぐらい、こういう体制で、原価はこれぐらい...というのを年度ごとにプロットするのが、9.推進スケジュールと推進体制ということになるんです」

「事業計画書って、もっとカチっとしたものかと思っていたんだけどな」

「カチっと書ければいいですけど、新しいビジネスなんて不確定要因の塊ですよね。それはどうにもならないです。つまり新ビジネスの事業性を経営層にコミットするのが事業計画書ではなくて、リスクを経営層とシェアするためのドキュメントが事業計画書なんです。もちろん審議する経営層の方々もそういう理解で審議していただく必要があるんですけどね」

佐野さんが最後に付け加えた一言が非常に気になった。会社の稟議は普通、「こういう投資をすれば、こういう成果が出ますので、承認をお願いします」みたいな位置づけだ。佐野さんの言うような、「リスクをシェアしましょう」なんて、想像を絶しているのではないか。

この懸念は、その後的中してしまうのだが、この時はまだ漠然とした不安でしかなかった。

＜つづく＞

*本コンテンツはフィクションです。
*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

『WEBマガジン』に関しては下記よりお気軽にお問い合わせください。

お問い合わせ

さらに見る

「イノベーションの育て方 ～ハナさんのストーリー～ （４９）」

2020年1月31日 （2）

同一テーマ 記事一覧

「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（４９）」

2020年1月31日（2）

同一テーマ　記事一覧