WEBマガジン

「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (38)」

2021.04.28 株式会社オージス総研  山海 一剛

2019年11月14日(1)

最初の訪問テストから、2週間と少し経った。
その後さらに2回、販売店さんに紹介してもらった他の配達員さんにもお願いして、同じように訪問テストを行った。訪問先も同じくインタビューで協力の意思を示してくれたご家庭だ。一番の心配は、お年寄りの反応だった。この2回は、普段そのお宅に配達している配達員ではなかったからだが、大きな抵抗感もなく受け答えしてくれていたので少し安心した。

また訪問テストで撮った動画を使って、子世代にも検証をお願いした。テレビ会議ツールを使って動画を見せて、感想を聞いてみたのだ。どのご家族でも好反応で、やはり動画で両親の表情を見られるのは、健康状態がよく伝わるので電話と比較すると全然違うとのことだった。パソコンを使ってのテレビ会議は経験が無かったのだが、大森くんがZoomというサービスを薦めてくれて、インタビュー相手にも操作方法を説明してくれたのでうまくいった。

訪問頻度や動画の長さも気になっていたことだが、短くてもできるだけ毎日様子がわかる方がいいとの反応だった。特に両親どちらかが持病を持っておられるような場合は、なおのこと"長さより頻度"という結果が出た。このようにわからないことや気になることの付箋が意外と早く、ボードの右へ右へと流れていった。

わずか3回のテスト結果なので、まだ結論めいたことは言えないものの、このアイデアがユーザーの課題解決になりそうな感触は十分得られた。そして最初に価値検証ボードに貼られた付箋の半分以上が、すでに検証済に移動した。でもそれでボードがすっきりしたかというと、全然そんなことはないのだ。あることがわかると、それ以上の数のわからないことが出てくる。1枚が検証済に移動することで、数枚の付箋が未検証に貼られていくのだ。
カードが右に動けばその都度達成感はあるのだが、未検証にどんどんカードが増えると、いつ収束するのかわからないという不安感の方が勝ってしまう。どこにゴールがあるのかわからないマラソンを続けているような感じだ。

「今は、課題を解決するのではなく、解決すべき課題を見つける段階です。だから、未検証に付箋が増えるのは、いいことなんですよ。発想を切り替えましょう」
と、佐野さんが言うが、増える一方の付箋をみるのは、やはり落ち着かない。

そんな状態なのに、佐野さんが今日の打合せで、
「今後さらに2つのボードを追加してもらいます。ひとつはリーンキャンパス。もうひとつはサービスブループリントです」
と言い出したので、気が遠くなりそうだった。価値検証ボードだけで手一杯なのに。

「今日はまず、リーンキャンパスを作ってみましょう。簡単に説明しますね」
リーンキャンパスとは、「新規サービスのビジネスモデルを可視化するためのツール」とのことで、9つのエリアに分割されたフォーマットに、必要な情報を書きこんでいくとのことだ。

大森くんが、空いているホワイトボードをみんなの前に移動させて来た。こういうところは、ほんとに気が利くようになったと思う。いや、もともと細かいことにも気が付く性格だったのが、遠慮のせいで行動につながらなかっただけなのかもしれない。

リーンキャンパス
リーンキャンパス

① 課題(Problem)
② 解決策(Solution)
③ 主要指標(Key Metrics)
④ 圧倒的優位性(Unfair Advantage)
⑤ チャネル(Channels)
⑥ 顧客(Customer Segments)
⑦ 独自の価値提案(Unique Value Proposition)
⑧ コスト構造(Cost Structure)
⑨ 収益の流れ(Revenue Streams)

「では、今わかる範囲でいいので、それぞれのエリアに付箋に書いていってください。」

「いや、うーん、まだ書けるような段階じゃないんじゃないの。」
と萩原さん。
「そうですね。では、ちょっと変えますね。わからないことも付箋に書いて貼ってください」
「そう言われてもね。例えば、えーっとこれ、収益なんて、まだ考え始めてもいないよ」
と萩原さんが抵抗を続ける。
「じゃぁ、今考えましょう。⑨収益の流れについてわからないことって、何がありますか」
「そうだな、沢山あるぞ。まず料金を決めていない」
「その前に、そもそも月額固定にするのか、訪問回数ごとの課金制にするのかとか...」
と水沼さん。
「そうそう金額以前に、料金体系がまだだ」
と福石さん。
「それに、集金方法を決めていない。ほら、ちょっと考えただけでも、こんなにあるぞ」
と萩原さんがダメ押しする。
「ほら、少し会話しただけで、たくさん見つかったじゃないですか」
と、にっこりする佐野さん。

無茶ぶりだと佐野さんに詰め寄る勢いだったメンバーは、その表情を見て意図を察したようだ。
「なるほど、わからないこと、これから決めないといけないことを、洗い出すためにやるんだな」
と、みんなを代表するかのように福石さんが言ったのをきっかけに、みんなやる気になったようで、活発に議論が進め始めた。

議論をすすめていくと、⑧コスト構造については、配達員さんへの報酬や、サービスに必要なIT投資、そのITの運用コストなど初期費用もランニングコストも、全くわからない状態ということがわかった。さらに⑤チャネルとは、どのようにこのサービスの存在を知ってもらうかということだが、そういったマーケティングに関わることも白紙状態であることがはっきりわかった。

一方、①課題、②解決策、④圧倒的優位性、⑥顧客、⑦独自の価値提案については、思いの他すんなり書くことができた。"どんなお客様のどのような課題に取り組むのか"、"どういうサービスで解決するのか"、"それは既存のものとどう違うのか"、"なぜうちの会社が取り組むべきなのか"...、これまでさんざん考えて議論してきたことだ。

書けるだけの付箋を書いて貼りだしてから、全体を眺めると、「アイデアには十分可能性があるが、ビジネスとして成立するかどうかは全くわからない」というのが、今の私たちの状態であることがはっきりわかった。

「はい、ということで...」
頃合いを見計らって佐野さんが言う。
「アイデアの検証が進み始めたので、そろそろビジネス化という観点でも考え始めてもらおうと思ったんですよ。」
そして、少し茶目っ気のあるトーンでこう言った。
「ではここで、社長から重大発表がありまーす」

え、社長?と会議室の入り口の方を見ると、そこにはいつの間にか社長の姿があった。
「やぁ、みんなご苦労さま。さっそくだが、君たちのマイルストーンを私が決めさせてもらう」

<つづく>

*本コンテンツはフィクションです。
*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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