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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (12)」

2019.12.16 株式会社オージス総研  山海 一剛

1.2019年6月14日(3)

ありたい姿と阻害要因

少し時間が押していたものの、予定通り10分の休憩をとってからディスカッションに入る。
テーマは
一つ目の問いについては、

「みなさんそれぞれに思いついたことを付箋に書き出してください」
「"どうなりたいのか"であって、"何をするか"ではありません。つまり行動ではなく状態を表現してくださいね」
「無理に結論をひとつにまとめる必要はありません。複数になっても大丈夫ですよ」

の3つだけコメントした。
でも、それらをまとめるときは、私と佐野さんは全体の流れを見守った。「あえて私たちはファシリテートせず、皆さんの自律性に委ねてみましょう」という佐野さんの案だ。

最初は戸惑いもあったようだが、自然とファシリテーターを買ってでる人も現れたこともあり、意外とテンポよくまとまって行った。そして最後に3つの文章がホワイトボードに書き出された。

3つの文章

期せずして、佐野さんの宿題に私が答えた内容とほぼ同じだ。「みなさんも、岩崎さんと同じ思いということですね」ホワイトボードを眺めながら、佐野さんが小声で私にささやく。

「ありがとうございます。では2つ目の問いに行きましょう。要領は同じです」
と始めたものの、こんどは、みんなピンと来ないようで、しーんとしてしまった。

「では少し想像してみてください」と、佐野さんがフォローに入る。
「今のビジネスを、そのまま続けていれば、5年後や10年後にこういう(ホワイトボードを指さす)状態になれますか」

「そりゃ、難しいんじゃないかな。世の中どんどん変わっているからね」と坂根部長
「具体的にどのようなものがあるかを付箋に書いて欲しいんです」
その言葉がきっかけになって、みんなの手が動き始めた。

「ありがとうございます。では左の方から順に、1枚ずつ読み上げながら貼り出してくださいね。同じような内容が出たら、順番を無視していいので、重ねて貼ってください」

「まずはやっぱり、若者の活字離れかな」
「若者の活字離れ」と書いた付箋を貼ると。「それ、私も書いたよ」「僕も」と、ほぼ全員が上に重ねて貼っていった。

「こういうのとか、どうでしょう」と販売部長が貼りだした付箋には、「販売店の高齢化」と書かれていた。「今や販売店さんの大半は60歳以上になってきている。そのうえ跡継ぎがいる販売店はほとんど無い。家業を継ごうというお子さんがいないんだ。新聞配達をする人はいても。販売店そのものが無くなっていく」

「10年先なら辛うじて大丈夫かも知れんが、こういうのもある」と印刷部長が付箋を貼った。
「印刷設備の維持費上昇」
「ネットワークやパソコンが浸透して印刷設備自体のニーズが減っている。特に新聞を印刷するための輪転機のような大規模設備はニーズが減るだろう。うちの会社の輪転機はあと5年ほどでリプレース時期を迎える。その費用も悩ましいが、その後の維持費は今までより高くなるだろう」

坂根営業部長はもう一枚、「大型店舗の進出」を貼った。
「大型のショッピングセンターが進出して、地元の商店が減っている。新聞には直接関係の無いことのように見えるがそうではない。我々に広告を出してくれるのは地元商店が中心だ。そもそも大型店舗は新聞広告を打つにしても全国紙を好む傾向がある」

人事部は「新卒採用の苦戦」を貼りだした。貼ってから、「やっぱりこっちも苦戦中だ」と「中途採用の苦戦」をその場でもう一枚書いて貼った。


「それは大変だ」
「そういうところにも課題があったのか」
「具体的には何パーセントぐらいになるのか」
付箋が貼り出されるたびに、みんな質問したり感想を言ったり、場の雰囲気としては活気があるのだが、貼りだされる付箋の数に比例して、みんなの表情が険しくなっていく。

ひととおり全員が貼り終わったころ、急にそれまで様子を見ていた東岡社長が立ち上がり、張りのある声でこう言った。
「たしかに現実は厳しい。でも、これで我々が立ち向かわないといけない相手の姿が見えてきたわけだ。それだけでも大きな前進ではないか」

ここで、ちょうど予定していた時間になり、解散となった。
みんなが会議室を出ていく様子を見ていたのだが、なんとなく達成感というか、いい表情をしているように感じた。特に社長が気になったが、その方向に目をやると、社長はこちらを見てにっこり微笑んでくれた。少なくとも期待を裏切ってはいないようなので、ほっとする。この後は外出の予定らしいので、明日にでも意見を聞いてみよう。

「今日のワークショップでの大きな収穫は2つ」と、佐野さん。
「まずは、皆さんの思いが非常に近いということがわかりました。これはほんとに素晴らしいことです。そしてもうひとつは…」言葉を続ける。
「経営層の皆さんに新規事業の必要性を理解していただけたこと」

「はぁ、でも、そこまで必要だったんでしょうか?」

「たしかに社長からの指示で新規事業の企画はスタートしました。また5月の経営会議では、岩崎さんから、今の事業には先が無いことを説明した経緯もあります。でもまだ経営層の皆さんにとってそれは、自分事になっていないんですよ。他人事である限り、いつまで経っても"それは新事業企画室の仕事"であり、"岩崎さんを手伝う"という状態から抜け出せません。」

あの修羅場になりかけた経営会議の記憶が蘇る。たしかにあの時のみんなの反応からすると、佐野さんの言うとおりの状態だったのだろう。

「でも、新事業企画室は私たちなので、私たちの仕事だし、それを手伝ってもらえるだけでも有難いと考えるべきではないでしょうか」

「そういう進め方もあります。例えば、…」
言葉を続ける佐野さん。
「新規事業を立ち上げる専任の組織を作って、そこに人を集める。他部署から干渉されない独立した組織に十分な裁量を与えて自由にやらせる…」
「利益を生み出すかどうかわからない、それどころか利益を出すアイデアすらない段階で、そこまで経営資源を投入できるのは、それなりに体力のある会社ですよね」

確かにうちの会社に、そんなやり方はできない。うちは大企業ではないのだ。私と大森君を専任させるだけでも、大英断だったろう。
一方、私と大森君だけでできることは限られている。

表情から私の思いを察したのか、佐野さんが続ける。
「だから会社全体を巻き込んで知恵を出してもらうしか方法はないんですよ。そして岩崎さんの新事業企画室は、それをファシリテートする。つまり岩崎さんたちが考えないといけないのは、何をするか?ではなく、何をしてもらうか?そのためにはどうすればいいのか?です」

「そもそも新しい事業のアイデアなんて、数の勝負なんですよ。ノーベル賞に輝いたある化学者は、"良いアイデアを得るためには、たくさんのアイデアを得ることだ"と言ってます」

「でも、デザイン思考のような手法を使えば、よいアイデアが出てくるのでは」

「手法があればベター、でもそれはアイデアの生存率を高める手法であって、より多くのアイデアを出すことの方が重要です」

なるほど、確かに私と大森君ががんばってみたところで限界は見えている。実際、大したアイデアは出せなかったではないか。私は、新事業の企画とは、この会社の生き残りをかけた困難なものだとわかっていたはずなのに、それを自分たちだけでやり遂げようとしていた。そんな自分が急に恥ずかしくなってきた。

「岩崎さんたちは、新規事業を立ち上げるというミッションを会社から預かっている。これは確かです。でもそれは、自分たちだけでやらなければならないという意味ではありません」

「では、」
佐野さんがこう言った。
「いよいよデザイン思考に取り組みましょう」

<つづく>

*本コンテンツはフィクションです。
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