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「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（４５）」

2021.07.30 株式会社オージス総研　　山海　一剛

2019年11月20日（２）

11時を少し回ったころ、何か飲み物が欲しくて休憩コーナーに行ってみると、見覚えのある後ろ姿の二人が見慣れない機械と格闘していた。

一人は京子だ。
「あ、ハナ、これの使い方知ってる？水沼さんが飲みたいて言わはるから、手伝ってんねんけど」
私に気づいて声をかける。
見れば、昨日設置されたばかりのカートリッジ式コーヒーメーカーだ。その横には水沼さんが立っている。
「昨日、総務の人に教えてもろたんやけど、ちゃんと覚えてへんねん」
「おいおい」
そんなに老化が進んでいるんかーい。水沼さんの手前なので、後半は心の中でつぶやく。もっとも京子のことだから、ちゃんと覚える気があったのかどうかも疑わしい。

コーヒーメーカー

「それ昨日来たやつでしょ。私なんて初めて見るのよ」
「どっかに使い方書いた紙あるはずやで。知らんけど」
知らんのかい！水沼さんが気になったので、声に出さずにつっこむ。
「たしか、このへんカパッと開けて、カチっとセットして、ぐいって押したら、ガーってコーヒー出たはずやねんけど」
「ええぃ、擬音だけで説明されても、わからん！」
「えっ、わからへん？」
「擬音でわかりあえるなら、この世界はもっと平和だ」
と呆れつつ、どこかに説明がないかと周囲をみると、丁寧な図解つきの操作方法が壁に貼ってあるではないか。カートリッジは机の引き出しにあるとも書いてある。
「ほら、ここに貼ってあるじゃない」
と指さすと。
「さすが、ハナやな。私経理に資料持って行くとこやから、ほな、あとはお願い」
と書類を抱えてバタバタと行ってしまった。

「いやぁ、いいコンビだね」
京子の後ろ姿を見送ってからふり返ると、笑いを押し殺した水沼さん。いかん、京子のペースに乗せられて、いつの間にか声に出してつっこんでいたことに気がつく。
「いや、付き合いが長いだけで　...って、"コンビ"って表現はやめてください」
「でも言いたいことを言い合える相方は貴重だよ」
「いや、京子がああだから　...って、"相方"って言い方もやめてください」
完全に漫才コンビとして扱われている。
「あはは」
真剣につっこむ私を見て、水沼さんが本当に笑い出してしまった。

「えー、では私が京子に代わって、お手伝いいたします。お客様は、どういう味がお好みですか」
照れ隠しに、ちょっとおどけながら机の引き出しを引いてみると、色とりどりのカートリッジが現れた。何種類もの味があって味ごとに色も違う。

「あ、こんなところにカートリッジがあったのか。じゃぁ苦いのがいいな。目が覚めるような」
「では、これとかいかがですか」
イタリアンローストと書かれた赤いカートリッジを手に取り、壁の説明書きを見ながら、本体上部のふたを開けてセットする。レバーを押し下げてカチッという音を確認したら、抽出ボタンを押して...と手順どおりやってみる。

低い音を立てて、機械が動きはじめたので、また少しおどけて
「はい、30円頂戴します」
と、横の空き缶を指さす。一杯毎にお金を入れるルールらしいのだ。

コインを投入した水沼さんに、コーヒーが満たされた紙カップを差し出すと、
「そういうビジネスモデルなんだな」
と笑った。
ビジネスモデルという言い方が何となく水沼さんらしい。以前は、リーン思考について佐野さんのツッコミに普通に答えていたし、昨日はマーケティングの観点からの提案。印刷部だから仕事とは関係の無い領域のはずだ。たぶんすごく勉強熱心で、引き出しの多い人なんだろうな。でも今まで仕事で接点が無かったせいで、それ以上詳しく知らないことに気づいた。

「せっかくなので、私もコーヒー試してみます」
京子のせいで忘れていたが、私も飲み物が欲しくてここに来たのだった。自分用にはマイルドブレンドと書かれた緑色のカートリッジをセットする。せっかくだから、少し水沼さんと会話してみよう。

「コーヒー、お好きなんですか」
機会が音を立てている間に、聞いてみる。
「うーん、どちらかと言えば紅茶の方が好きなんだけどね。オフィスでちゃんとした紅茶を飲もうと思うと難しいから」

水沼さんが紅茶派というのは、少しイメージが違っていた。イメージといえば、社内の水沼さんのイメージは、どちらかと言えばネガティブなものだ。毒舌家、皮肉屋、ネガティブな人間として耳に入ることが多い。だから正直メンバーに選ばれたときは不安だったが、今はそんなことはない。

私のコーヒーもできたので、2人して休憩コーナーのスツールに腰掛ける。
「いつもストレートにご意見を出していただいて、ありがとうございます」
と言うと、
「あぁ、でもちょっと直球過ぎるかな」
と苦笑い。
「いえ、あの皮肉で言ったんじゃないですよ。私はその方が好きです」

たしかに歯に衣着せぬストレートトークは、噂通りだったけど、理屈に合わないことを言ったことはない。私にとっては、裏表のない人の方が接しやすい。なぜ社内では評判が悪いんだろう。
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕は婉曲な言い方が嫌いでね。それに持って回った言い方をしても伝わらないのでは意味がない。多少軋轢があっても正しく伝わって欲しいんだよね」
そういうことだったのか。

「でも、うちの会社は"和を以て貴しとなす"文化だろ。だから、何に対してもネガティブな奴と思われているらしくて、いろいろやりにくいよ」
「そうですね。...あ、いやその」
思わず、流れで肯定してしまった。

「あはは、そういう本音トークが大事なんだよ。だから今のチームは気が楽だな。ストレートな物言いをしても、みんな受け止めてくれる。チームで不確定なことに取り組むのは、本音で語りあえる関係でないとできないよ。これもハナさんがうまくまとめてくれているからだ」
まさか水沼さんに褒めてもらえるとは思わなかった。
「いえ、そんなこと。でも、どうして私たちは、本音で言い合える関係なんでしょう」
水沼さんと私の関係に限らず、今回初めて一緒に仕事をする組み合わせは少なくない。

「うーん、いろいろあるだろうけど、チームの存在意義が一致しているからじゃないかな」
「存在意義...ですか？」
「そう。何のためにこのチームが存在するのか。いつだったかハナさんが自分の思いを語ってくれたよね。この地域の役に立ちたい。思いやりがあるのに不器用な家族をつなぎたいって。あれがみんなをひとつにまとめたんだと思っている。それに毎回やってる"実はわたし"トーク、あれもハナさんのアイデアだね。だからやっぱりハナさんのおかげなんだよ」

水沼さんは立ち上がると、紙カップを持った手を少し上にあげて、
「コーヒーありがとう。そのうち僕たちのチームも、擬音だけで会話できるようになるよ。知らんけど」
と、去っていった。最後の"知らんけど"は京子の受け売りだろう。でも関西弁のイントネーションは、あと一歩だった。

＜つづく＞

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