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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (14)」

2020.03.10 株式会社オージス総研  山海 一剛

2019年6月19日

「あぁ...社長から電話で、次に何をすべきか?と聞かれたので、ちゃんと推進体制を作りましょうと申し上げたんですけど、さすが行動が速いですね」
てっきり佐野さんがけしかけたのかと思ったら、どうやら社長の方から行動を起こしたらしい。心の中で苦笑いする。

「まぁ、遅いよりもずっといいですよ。むしろうらやましいぐらい」
心の苦笑いを見透かされたようだ。

この日の佐野さんが議論したいと言った話題は2つ。
ひとつは社長からの宿題にもなった体制について「どういう風に体制をつくるのか」。そしてもうひとつはテーマ、つまり「どういう領域を対象にデザイン思考を進めるのか」だった。

ひとつめの体制については社長から
「体制といっても、各組織から一人か二人参加してもらって、それぞれの専門性を活かした組織横断的な活動にして欲しいんだ。うちは大企業じゃないから、これ以上専任者を増やすことまではできないよ。でも、出来ることならなんでも対応するから気にせず要求してくれ。例えば兼務発令といったかたちが必要であれば対応するよ。」
と言われている。

ではメンバーは「何人ぐらいなのか、どの組織からどういう人を出してもらうか」が佐野さんとの議題だったのだが、その結果以下のような方向で進めることになった。

メンバーは各部から1名

不確定要因の多い仕事だし、組織をまたがって自発的に連携してもらわないと困るので、「やる気」を重視すべきというのが佐野さんの意見。なので、本人の希望を最優先にしたのだが、任命制という要素は残してある。

「応募制だけだと、うまくいかないことが多いのです。」
「そうなんですか?」

本人にやる気があっても、その組織の人からすれば、自組織に直接関係ない仕事をしてもらうことになる。純粋な応募制だと、周囲のメンバーが抵抗勢力になることが多いらしい。

「あなたがやりたいと希望してやってることだろ、そういうことは、うちの仕事をちゃんとやってからやれ...こんな人が現れるんです。もしそれがその人の上司だと、もうたいへんです。」

そのためにも、希望者を優先するけれども、あえて上司が人選して任命する。つまり上司から命じられた任務というかたちにすべきだという説明だった。

「岩崎さんや大森さんはデザイン思考のワークショップに参加されたので、ご存じかと思いますが...」
ふたつめの「領域」については、佐野さんの説明によるとこうだ。

「デザイン思考の5つのステップのひとつめは「共感」ステップです。共感を得るために行動観察やインタビューなどを行うわけですけど、ではどういう人のどういう事象や行動を対象に、観察やインタビューを行えばいいのか?を決めないといけません」

「簡単に言えば、新しい事業で"どういう人を幸せにしたいのか?"ということです。それは新規事業を行う新たな会社の企業理念を作るようなものです。それすら決まっていなければ何も始められませんね。」

「では、どういう風に決めるんですか」
「そのやり方についてデザイン思考は、何も語っていません。デザイン思考の前の段階ですからね。」
「では、新しい体制で最初に決めることは、それですね」

対する佐野さんの言葉は意外なものだった。

「う~ん、今回の場合それはお勧めできないですね」
「え、それはなぜ」
「新しい体制でどういう人が集まるかにも依りますが、よほど良いチームでない限り、そんな抽象的な問いかけをされるとメンバーは当惑するんですよ」
「そういうもんなんですか」

「もし社長に"この会社をどうしていきたい?"と尋ねられたら、岩崎さんはどう思いますか」
「それは...う~ん、それって社長の仕事じゃないんですか。そういう言い方はしないだろうけど、そう思いますね」
「それと同じことですよ。新しい体制の下で集められたひとたちは、自分は何をすればいいのかを知りたいでしょう。おそらく最初のミーティングで、それが伝えられると思っているはず。そこで核になるべき岩崎さんが"さぁ、何をするかを考えましょう"と言ったら、大半の人は戸惑うでしょう。」

「じゃぁ、どうすればいいんでしょう?」

「その答えは、さっき岩崎さんが出したでしょ」
いたずらっぽい目をして、私の顔を見る。
「え...」

「それは社長の仕事でしょって言いましたよね、この場合社長に相当するのは...」
「わたし...なんですか...」
「なんといっても岩崎さんは新事業開発室長ですから。それにそれ以上の理由があります」
「?」
「私は先週のワークショップで、岩崎さんの会社や地域に対する思いがとても強いことを実感しました。おそらくほかの人たちもそう感じたでしょう。だから自信をもってください。違うと思ったら見直せばいいんですから」
アタマが真っ白になるのは、ここ数か月で何度目だろう...。

結局、この日の打合せで決めたのは、以下のとおり。

まず体制については、決めた方針を文章にして、依頼を出すことにした。期限は一週間後。ただし業務命令として社長から各部長にメールしてもらう。これぐらいは社長にお願いしても罰が当たらないだろう。

「領域」については、次回までに考えておくことになった。

「岩崎さん一人で考えるのではなく、大森さんとも会話してみてください。」
急に大森くんの名前が出た。これまで大森くんには、裏方に徹してもらっていたのだが。

「大森にはまだ早いと思うんですけど」
「そう決めつける必要はありません。自分の会社をどうしたいかを考えるのは、すべての社員の権利ですよ。それに大森さんは数少ない専任者ですからね。」

コミュニケーション下手な大森くんを加えるのは不安があったが、思い返してみれば彼に助けられたことも少なくない。私が一方的に未熟と決めつけていたのかもしれない。いや、私が一人で抱え込もうとしているだけなのかもしれないと思い始めた。

<つづく>

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