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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (8)」

2019.10.24 株式会社オージス総研  山海 一剛

1.2019 年5 月29 日

「では宿題の答えをお聞きしていいですか」
次の訪問のとき、席に着くなり佐野さんが切り出した。
  1. 新しい事業で、世間のどういう人をどういう風に幸せにしたいのか
  2. 新しい事業が成功した時、この会社の人たちはどうなっていて欲しいのか
宿題のうち2つ目の方だけは、なんとか自分なりの答えを用意できた。これは京子のおかげ。行き詰った私は何かヒントをもらえればと、昨日京子をランチに誘ったのだった。さすがに行き詰まるたびに華厳に行くような贅沢は出来ないので、今回はもう少しお手頃な「居酒屋ろくちゃん」の海鮮丼にしたのだけど。

最初、京子も1つ目の問いは私と同じようにピンとこない様子だったが、2つ目の「新しい事業が成功した時、この会社の人たちはどうなっているのか」の話をすると、「なんか、わかるわぁ」と言い出したのだ。
「それって、子供の将来を思う親の気持ちみたいなもんやん」
「親の気持ち?」
唐突なことを言う。まるで佐野さんのようだ。

「そう、自分の子供が大きくなった時に、どうなっていて欲しいかって考えることあるやろ。将来どこで何をしているかは、子供の人生やから子供自身が決めるやろけど。でも多くの友達に囲まれていて欲しいとか、仕事にやりがいを感じていて欲しいとか、具体的でなくてもいろいろ思うよね。そう言うのが答えなんちゃう」

これは大きなヒントになった。新事業を立ち上げることで、この会社をどうしたいのか。この会社の人たちはどうなっていて欲しいのか、佐野さんは私自身がどのような思いを持っているのかを尋ねていたのだ。でも私は、目先のことだけを考えていて、そのようなことを考えようともしていなかった。

「全ての社員が自分の会社と仕事に誇りを持って取り組めている」、
「会社の将来にワクワクするような期待を持てている」、
「家族に自分の仕事がいかに素晴らしく楽しいものかを説明できる」

あまり整理しないまま話し始めてしまったが、話し始めてみると新入社員の時の期待と不安がないまぜになった感情が蘇ってきて、とめどなく話し続けそうになった。

佐野さんは、相槌をうちながら、私の話に現れるキーワードをホワイトボードに書き出していってくれた。ただしお世辞にも達筆とは言えない字だったが…。

「ありがとうございます。とてもいい感じです」
ひととおり話し終ると、佐野さんが私を振り返ってにっこりする。
「これなら、1つ目の答えも自ずと見えてきますよね」

とてもいい感じです

そう言われると、たしかに何か見えてきたような気がした。自分の会社や仕事に誇りを持っていると言うことは、その仕事が世間の役に立っていると言うことだ。確かに「世間や地域をどういう状態にしたいのか?」というひとつめの問いにつながるような気がした。

「でもどのような事業をすればいいのかはまだわかりません」
「そうでしょうね」
そう言って私の顔を見つめる。
「まずどういう状態にしたいのかを描けていないと、何をするかを考えても意味無いですよ。そしてそれは皆で描くものであって、岩崎さん一人で決めてしまっては意味がありませんよ。」

「では」、佐野さんが立ち上がる。
ホワイトボードに書かれたたくさんのキーワードを大きく丸で囲って
「会社をこういう状態にするためには、岩崎さん一人では出来ませんよね。色々な部署の人がアイデアを出し合って、かたちにして、それを評価して。そういうプロセスを繰り返すことでやっと良いアイデアが育つんです。」

アイデアが育つ、いい表現だ。

「プロセスってデザイン思考の5つのステップってやつですか」
「はい。でも”よくある誤解”っていうのがあって、5つのステップを説明されると、それらを順に段階を踏んで進めればうまく行くと思ってしまう人が多いんです」

「というと?」
「実際には、必要に応じて前のステップに戻ったり、繰り返したり、場合によってはスキップしてもいいんですよ…」
なるほど、難しく考えすぎていたのかも知れない。もっと自由にやればいいんだ。少し安心した。そんな私の顔を見ながら、佐野さんが言葉を続ける。

「…と、そう聞いて安心する方もまた多いのですが、」
おっと!心を見透かされたか。

「そのような柔軟な進め方を、しかもチームとして実践するのは、非常に難しいんですよ。戻ったり繰り返したりしてもいいと言っても、今どのステップを実施しているのか?なぜそのステップに戻るべきなのか?などの認識が全員で一致している必要があります。それに何よりも」
いつもクールな佐野さんの表情が、少し険しくなったような気がした。

「人間は一度決めたことを取り消したり、後戻りすることに大きな恐怖を感じる生き物なんです。特に今回のように広く社内から注目されるような活動となると、周囲の目も気になるでしょう。経営層からどう見えるかを気にする人も多い。でも本当に良いアイデアは、たくさんのボツになったアイデアから生まれてくるものだし、良いアイデアかどうかも最初はわからないから、5つのステップを行きつ戻りつしながら見極めないといけない。安易に妥協してはいけないんです。」

赤のマーカーを手に取ると、ホワイトボードに大きく2つの文字を書いた。
「覚悟」
ホワイトボードに書かれた言葉を指しながらいう。「チームとして失敗を怖れない覚悟を持つ必要があるんです。」

そのために、これをやりましょう、と席にすわってパソコンを開き、プロジェクタにつなぐと「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」というタイトルの資料がスクリーンに映し出された。

<つづく>

*本コンテンツはフィクションです。
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