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「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（５９）」

2022.03.31 株式会社オージス総研　　山海　一剛

終章

2020年3月31日（１）

明日から立ち上がる新組織の異動発令が出た。組織名は「地域リレーションサービス部」。その下にサービス企画、マーケティング、運用の3つのチームが作られた。佐野さんのアドバイスを受けて作った私たちの案が、ほぼ受け入れられたかたちだ。専任者は3チーム合わせて5人で他は兼務者。多いとは言えないが、うちの企業規模からすればかなり頑張った結果だろう。まだ利益が出るかもわからない事業に、これだけの人的リソースを投入するのだから。

サービス企画チームのリーダーは萩原さん。そして大森くんも専任となった。マーケティングチームのリーダーには水沼さん。印刷部からの異動に周囲は驚いたが、水沼さんがマーケティングを勉強していたことは、メンバーのみんなは知っていた。本人もやる気になっているようだ。そして運用チームのリーダーには福石さん。販売店さんからの信頼が厚いこの人以外考えられなかった。

そして肝心の部長は、なんと坂根部長。これだけは私たちの案ではなく坂根部長の自薦で、私たちが体制案を上程する前から社長に立候補していたらしい。あとから聞いたのだが経営会議で事業化を強烈に推してくれたのも坂根部長だそうだ。あのとき私が会議室を出る際に笑いかけてくれたように見えたのは、「あとは任せろ」的な意味だったんだと気づいた。

ITシステムは、大阪の会社が開発してくれることになった。以前大森くんが言っていたアジャイル開発という手法で、２週間を基本単位に優先度の高い機能から、少しずつ開発しては確認していくとのことだ。そういう柔軟なやり方で契約してくれるところはまだ多くないそうだが、佐野さんの紹介で見つけることができた。最近は感染症対策としてリモートワークという言葉が流行りつつあるが、その会社は以前からリモートで開発するノウハウを持っているらしい。

ところで私の新事業企画室は、新体制に吸収されるのかと思っていたら、そのまま残っている。といってもメンバーは室長の私だけ。その私もサービス企画チームとの兼務となっている。何らかの意図があるのだろう。退任される社長に挨拶を兼ねて、聞いてみようと思い立った。

2020年3月31日（２）

社長は約束どおり、社長の立場にいる間にできる限りのことをしてくれた。体制案はほぼ原案どおりだし、予想以上の額の予算を確保してくれた。退任後は会社に残らないと言っていたので、今日が最終出社日のはずだ。本来なら盛大な送別会があるはずだが、感染症が広がりつつあることを考慮してキャンセルになってしまっていた。

午前中は事務手続きが忙しいはずだと総務の京子から聞いていたので、午後一番に社長席に行ってみる。席の上には大きな花束がおかれていた。

「おおっ、ハナさん！」
いつものように、大げさに手を振ってくれる。この見慣れた光景も、見られなくなるのかと思うと、ふと心に酸っぱいものが広がった。

驚いたことに、その横には佐野さんもいた。

「あれ佐野さん、今日はこちらだったんですか」
「はい、ご挨拶に。あと打合せもあったので」

打合せって何だろう、少し気になるが、とりあえずそのまま社長席のわき机を囲むようなかたちで座る。