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「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（２７）」

2020.10.27 株式会社オージス総研　　山海　一剛

第5章

2019年9月11日

昨日の打合せの最後に、佐野さんは２つの宿題を出した。ひとつはチームビルドのための活動の案を考えること。もうひとつはITに対する誤った思い込みを払拭してもらうための活動を考えること。そして次回はアイデア出しではなく、その２つのために時間を使いましょうとのことだった。

どちらも簡単なお題ではないけど、後者は思い切って大森くんに考えてもらうことにした。丸投げ感たっぷりだけど、最近の大森くんの活躍を考えれば何とかしてくれるだろう。でも残るチームビルドの方も全然イメージが湧かない。

「あの、佐野さん。チームビルドって全然イメージできないんです。今のチームは特に仲が悪いわけではないですし...」と、帰り際の佐野さんに食らいつくと、
「あ、もう少し説明した方がいいですね」
と、佐野さんが見せてくれた図は７つのステップになっていて、上から下へと、このような説明がついていた。

7. 問題の発生を喜びあえる
6. 互いの問題を指摘しあえる
5. 気兼ねなく発言できる（不安なく言いたいことが言える）
4. 互いの価値観を理解できている
3. 互いのプロフィールを知っている
2. 互いに挨拶する
1. 顔と名前を知っている（だけ）

心理的安全性の7ステップ

「心理的安全性が確保できている状態とは、この図ではだいたい５段階目ぐらい。でもその上があります」と佐野さんは言う。
新規ビジネス創出とは不確定さとの闘いであり、どれだけ作ったかではなく、どれだけ深くユーザーを理解したか、つまり学習の量が重要。それゆえ問題や失敗は学習のチャンスである。例えば誰かの失敗でも気兼ねなく話題にして真因を究明できる。メンバーの失敗を学習のチャンスとして喜ぶ...
単に仲のいいチームと強いチームの違いはここにある...
佐野さんの説明は、こんな内容だった。

考え方はわかったものの、「強いチームにする」なんて余計に難しい。
ということで、困ったときの京子頼み。ランチに誘ってみた。
今回も「会社の近くに、ちょっと気合の入った蕎麦屋を見つけた」とのことなので、行ってみることになった。

内装を見る限り真新しい店内。8人ほどが座れるカウンターと、4人掛けのテーブルが２つだけ。若い女性がちょうど空いていたテーブル席に案内してくれた。カウンターの奥では蕎麦を茹でている男性の後ろ姿。きっと若い夫婦が最近開業したのだろう。

「でもって、強いチームになるために、どういう活動をすればいいのか？を考えるのが私の宿題なの」
お店に来る道すがら、ざっくりと今の状況を説明し終えたので、一息ついてメニューを見る。温かい蕎麦、冷たい蕎麦、それぞれに10種類ぐらいが達筆で書かれている。
「当店は手打ちですので、温かいお蕎麦は切れやすくなっています。早めにお召し上がりください」
全体に少し割高だが、メニューの端の注意書きを見て期待が高まる。

京子は冷たいぶっかけ蕎麦、私はけいらん蕎麦を頼んでから、出されたお茶を口に含んだ。途端に香ばしい蕎麦の香りが鼻腔に広がる。そば茶だ。

「うちの総務部でも、喧嘩や口論なんて全然ないけど、でもこれ見たらそれほど高いレベルとも言えへんなぁ」
印刷して持ってきた、佐野さんの7段階の図を見て、なかば独り言のように京子がいう。
「メンバーが仕事に対して、どういう価値観を持ってるか、どんな趣味をもっているか、う～ん、同世代の女子やったら多少はわかるけど、他の人は全然知らんもんなぁ」
つまりは互いに仕事に必要な最低限のことしか知らないということね、と苦笑する京子。

「そう考えると、いきなり強いチームを目指すんやのうて、互いをもっと理解するところから始めんとしゃぁないんちゃう？」
「そうよねぇ」
「例えば、自己紹介スピーチを少しずつやるとかどう？ほんで毎回テーマを決るようにする、例えば趣味についてとか、家族についてとか」
「でも、趣味や家族のことまで言いたがらない人も少なくないよね。それはそれで尊重したいよ。私も強制はしたくないし」
「そやな、それぞれに自分がオープンにしたい範囲だけスピーチできるようなやり方ってないかなぁ」
と会話しているところに、蕎麦が運ばれてきた。

麺は少し太めの粗びき。
けいらん蕎麦は、卵をあんでとじてあって少ししょうがの香りがする。見た目は薄いけど、複雑で奥深い味のお出汁に魅了されてしまった。
「これはなかなか修行せんと出せへん味やで」
と京子も感心しきり。食べ終わって蕎麦湯を運んできた店主らしき男性に、
「美味しかったですぅ。やっぱり何年も修行されたんですか」「いえいえ」
とほほ笑む店主。
「実はわたし、数年前まで広告代理店でデザインの仕事をしていまして」
へぇー、と私たち。
「じゃぁ、なんで蕎麦屋に」
「そのころから、本当にお客さんに喜んでもらえるデザインをしたいと思っていたのですが、広告代理店っていろいろなしがらみがあって、なかなか納得できる仕事ができませんでした。蕎麦にはちょっとこだわりがあったので、小さくても蕎麦屋をやって納得のいく蕎麦をお客様に提供するほうが性に合うんじゃないかと思ったんです。」

先日のカレー屋さんもそうだけど、飲食店にこそ見習うべき人が多いのかも知れないよね。オフィスへの帰り道、京子とそんな話をしながら歩いていると、急に京子が立ち止まる。

「あっ、こういうのどう？」
「なに？」
「さっきご主人が、"実は私"って話し始めたよね」
「それが？」
「ミニスピーチのことやん。必ず "実は私"って話し始めないといけない。ルールはそのひとつだけ。テーマは決めない。そうすると自分について話さないといけなくなる。でも...」
なるほどわかった。その後を私が続ける。
「でも、話してもいい話題を、話すに抵抗ない程度に加減して話すことが出来る」
「そうそう」
やはり、京子をランチに誘った効果があった。

京子は一度もワークショップに参加していない、でも何気なく思いつくことが、いつも大きな助けになる。うーむ。これは天然キャラのなせる技なのか。そんなキャラが登場する物語を知っている気がするのだが思い出せない。映画だったろうか、アニメだったろうか、心の奥でモヤモヤしながらオフィスへの道をたどった。

＜つづく＞

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