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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (5)」
株式会社オージス総研

2019年09月号
  • 「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (5)」
株式会社オージス総研   山海 一剛

1.2019 年5 月10 日

経営層が集る経営会議は毎週金曜の10時から。連休明け最初の金曜となるこの日、経営会議で30分時間を取ってもらえることになっていた。でも経営会議なんて出席するのは初めて。社長、専務、常務の他、編集制作部長、印刷部長、営業部長、販売部長、業務部長がずらりと並ぶ前で説明するのはかなり勇気が要ることだったが、「連休前から準備してきたので不安はない」と自分に言い聞かせた。

「では新事業企画室の岩崎室長からお願いします。」
と、会議を仕切るのは総務課長で私と同期入社の戸田健二、通称トダケン。どうやら経営会議は総務課が事務局で、司会は総務課長ということになっているようだ。

「はい。では資料に沿ってご説明いたします」と、説明したのはこんな構成だ。
  1. 新事業企画の位置づけ
    ・当社の経営課題(購読者の減少、広告収入の低下)
    ・課題分析(若者層の紙媒体離れ)
    ・新事業推進の必要性
  2. 新事業案「日本海新報デジタル版」のコンセプト
    ・基本構想
    ・同業他社の動向
    ・差別化の考え方(地方新聞ならではの強みを活かす)
  3. 各部門への協力依頼事項
    (「地方新聞ならではの強みを活かす」の具体的なアイデアを一緒に考えて欲しい)
まずは15分ほどで1,と2,をプロジェクタで投影しながら、一気に説明した。ついつい早口になってしまったのは、しゃべり続けていないと落ち着かなかったからだけど、今思えばツッコミを入れられたくないという心理も働いていたのかも知れない。それに各部長の表情は固く反応も薄い。なんだか壁に向かって話しているようで、余計に早口になってしまう。
さすがに「あ、いけない」と気づいたので、いったん言葉を区切り、
「このあと、各部へのお願い事項のご説明に入りますが、何かご質問やご意見はありますか」
と、周囲を見渡した。

「…」

経営会議にて

会議室は水を打ったように静かだ。社長は?と見ると、表情を変えずに眼だけが周囲を見渡している。
誰からも反応が無いので、「特にないようでしたら、次の…」と進めようとしたそのとき、
「ちょっといいですか」と坂根営業企画部長が手を挙げた。よりによって一番苦手な相手だ。

「デジタル版を作るというのは、大手の新聞社もやっていると新事業企画室長からの説明にもあったが…」
岩崎さんと言わずに、わざわざ新事業企画室長と言いまわすところがひっかかる。
「デジタル版を作れば、若者をつなぎとめることができるという保証はあるのかな」
「いや、それはやってみないと…。でも魅力的で使い易いものを作れば…」
「でも魅力的で使い易いものって、誰がどうやって考えるんだね」
言葉に詰まる。
「えーっと、そこはIT推進室にもご協力をいただいて」
今まで下を向いていた業務部長が顔をあげる。IT推進室は業務部の配下だ。
「もちろんできる範囲ではご協力はしますよ。でもうちのIT推進室はただでさえ忙しい。毎日のようにパソコンが起動しない、ネットワークがつながらないといった電話がかかってくるし、社内システムの機能変更を取りまとめて発注したり…。そんな状況なのに、今回は大森君を新事業企画室に送り出してもいる。それだけでもかなり貢献しているつもりですよ」
「ええ、もちろん大森君にはとても助けられています」と、ちょっと盛ったコメントを返しながら、議事録係に連れてきた大森君を横目でみると、この空気に圧倒されたのかパソコンの前でお地蔵さんのように固まっている。

「そもそもデジタル版なんて作ったら、販売店の方々はどうなるんですか」と、今度は販売部長。
「いえ、急に紙媒体をやめてしまうわけではないので」
「そんなことは分かっている。販売店にどう説明するのかと聞いているんです。デジタル版を出すというだけで、販売店の方々は不安に思うでしょう。うちには販売店の方々の生活を支える義務がある」
すると再び坂根部長が口を開いた。
「営業企画部としては、お客様がデジタル版に広告を載せてくれるのかが心配ですけどね。お客様の大半はそれなりのお年だし、デジタルの広告媒体に価値を見出してくれるか疑問だよ」
「はい、確かにそうかも知れませんが、若い世代にアピールするためには…」
「たしかに契約者数も広告収入も徐々に減ってきているのは、わざわざ資料で指摘していただくまでもなく事実です。」
経理部長が遮る。
「それでも当社は地方新聞の中でもトップを走っている。拙速にリスキーなことに手を出さなくても、もっと原価低減を進めれば、まだまだ大丈夫なんじゃないですか」
「もっと原価低減をとおっしゃいますか」と憮然とした表情の印刷部長。「現場は現場で、いままで経費の削減に努力してきたし、人員も随分削減してきている。まだ努力が足りないとでも」
静かだった会議室が急に殺伐としてきた。

「そもそも当社は、地元のお客様との長いお付き合いに支えられてきたんだ。新しく何か始めないといけないという状況は理解しているけど、だからといって今までのお客様のご恩を無視するようなビジネスには協力したくない」と坂根部長。
「い、いぇ決してそんなつもりでは…」

そこまではっきり拒否されるとは思っていなかった。途方に暮れて社長の顔を見る。でもやはり表情を変えずに他の人たちの顔をみているだけ。助け舟を出してくれそうにはない。急に梯子をはずされた気分になって、悲しくなってきた。

「今日はまだ他の議題も残っていることですので、新事業企画室にはいったん持ち帰っていただくということでどうでしょうか」
困惑気味のトダケンがそう告げて、幕引きとなった。
<つづく>

*本コンテンツはフィクションです。
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