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「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (1)」
株式会社オージス総研

2019年05月号
  • 「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (1)」
株式会社オージス総研   山海 一剛

はじめに

ここ数年で、イノベーションやデジタルトランスフォーメーションといった言葉が広く聞かれるようになり、今や長い歴史を持つ安定したビジネスを展開している企業であっても、「ITを使った新しいサービス」を展開しようとしています。

流行とも言えるその流れの中で、会社から「新サービスの開発」というミッションを負わされた人が増えつつあり、その大半の方々が、ミッションを与えられたものの何をどうすれば良いかわからず、悩んでいるようです。組織の中でゼロから新しいことを始めるには、単なる知識や手法だけではなく、周囲を巻込みビジョンを共有する必要があります。 でも多くの人は、その重要性に気づいていません。

私たちは以前から、まさにそのような方々のお手伝いをしてきました。そして、より多くの人たちの力になりたいと思っています。 しかし、私たちがどのようなかたちで、どのようなお手伝いが出来るのかをお伝えるのは意外と難しいとも感じてきました。そこでこれまでのご支援の経験をもとにしたひとつのストーリーというかたちでお伝えしてみようということになりました。

これから始まる、ハナさんの物語は実話ではありません。でも多くの人が遭遇するであろう課題とその対応の仕方のサンプルを含めたつもりです。まずは物語を通してハナさんの物語を追体験してみてください。そして何よりも楽しんでいただければ嬉しいです。
オージス総研 ビジネスイノベーションセンター 山海

1.2019 年3 月18 日

 「これでよしっと」。週報をメールに添付して、送信ボタンをクリック。ちらっと視線を画面右下に移して時間を確認する。16 時36 分。今日もお迎えに間に合いそうだと思った瞬間、「岩崎さん」と背中から坂根部長の声が聞こえた。
「社長が岩崎さんに話があるそうだ、ちょっと行ってきてくれないか」いつもの無愛想な喋り方だ。産休明けでこの営業部企画課に異動して2年、悪い人じゃないということはわかっているけど、なんというか、根っからの頑固さが声や表情に表れているようでどうも苦手だ。 「はい。えっと、あのぅ…」「ああそうか。時短だから5 時には会社を出るんだよね。そんなに長い話じゃないと思うから大丈夫だよ」。そう言われたので、渋々席を立ちあがった。
「はい。でも社長がわたしに直接って、いったいなんですか」
「行けばわかるよ」。
と、やはりそっけない。

手際よく前出し前出しで仕事を片付けられた日に限ってこういうことが起こる。「こういうのってマーフィーの法則っていうのかな。あ、ちょっと古いか…」と思いながら、ワンフロアー上なので階段の方に向かった。
岩崎華、32 歳既婚。日本海新報勤務。3 年前の長男出産から職場復帰して2 年。時短勤務制度を使っているものの、毎日息子を出社途中に保育園に預け、17 時には退社して保育園から連れて帰って夕食と家事。もう慣れたとはいえ楽ではない毎日だ。産休前は営業部の敏腕セールスレディとしてそれなりの評価を獲得していたけど、さすがに子育てと両立できないので、産休明けからは営業企画部に配属されてオフィスワークばかりの毎日。仕方がないとはいえ、営業部時代と比べると少し物足りなさを感じている。

社長席はフロアの右手一番奥。以前は別の場所に社長室があったのだけど、東岡社長に替わってからはフロアの一角に社長席があるだけになった。「社長も一人の社員だから」が口癖の人なので、あえてオープンな環境を選んだのだろう。一社員にしては、ひときわ大きな背もたれと豪華な肘掛けだが、これは社長の希望ではなく総務部の忖度に違いない。
近づいていく私に気付いたのか顔をあげ、手を大きく振りながら「おおっハナさんっ、わざわざすまんね」と人懐っこい笑顔をむけてきた。距離にして2m もないのに、そんなに大きく手を振らなくても…と思いながら、社長の指し示す椅子に腰をおろす。社長は私の産休前の上司でもあり、一緒に外回りすることも多かった。当時から私のことを「ハナさん」と呼ぶが、決していやではない。
私が席に着くのを待ちきれなかったように「いや~、是非きみの力が必要なんだ」。と話し始めたが、すぐに声のトーンを下げて「今にはじまったことではないが、わが社の広告収入や購読者が年々減って行っているのは知っているかね」
「はい。インターネットやスマフォの普及のせいで、紙ベースのメディアはどこも苦戦しているようですが、特にわが社のような地方紙は厳しい状況になって来てますよね」
日本海新報は、上越北陸地方の老舗新聞社。毎年全国紙をおさえて地域のトップシェアを維持しているが、そもそも新聞というメディア自体が時代遅れになりつつあるのだ。パイ自体が縮小している中、トップシェアに安住しているわけにはいかない。
「うんうん、さすが僕が見込んだスーパーセールスレディだけあるね」とご満悦な表情をすぐに硬くして「そこでだ。当社も新たな事業を模索しなければならん。特に今はデジタルの時代だ。IT を活用した新しい何かを始めようと思っている」
「なるほど、それはいいことですね」
「おお、賛成してくれるか。それは心強い。で、まずは4月1日に新事業企画室を設立することにした」
「はい」
「ハナさんには、新事業企画室長をやってもらうことにした」
「はい…、えっ室長ですか」
室長?、私が?、一瞬アタマの中が真っ白になった。
「いや、あの、急なことで、少し考えさせてもらっていいですか」
「クライアントからの評価が高かった営業部時代のハナさんを思い出して、君しかいないと思ったんだよ。室長って言ってもごく数人の小さい組織だから、気楽にやってくれたまえ。こういうのは若くて自由な発想ができる人でないとダメだ。そういう意味でも君しかいないっ」
君しかいないというセリフは、もっと若いイケメンに言われたいものだ。でもこういう風にたたみかけるような言い方をするときは危険信号。もう断れない。長い付き合いだからわかる。「で社長、新事業企画室は何をすればいいんですか」
「新しい何かだ」
「はぁ、で具体的にはどんなものですか」
「うん、それはな、例えば具体的に言うと、えーっと、IT を使った新しい何かだ」
全然具体的になってないじゃん、と心の中でツッコミながらも、時計を見ると16 時55 分。ここで全てのツッコミどころにツッコミ始めると、保育園に間に合わないのは確実だ。でも即答でOK を出すのも、何だか罠にはめられたようで癪に障る。「とにかく少し考えさせてくださいね。お迎えがあるので、とりあえず今日はこの辺で」
なかば捨て台詞のように言って、席を立った。
「期待してるよ。頑張ってくれ」
背中から聞こえてきた言葉は、明らかに私の捨て台詞をスルーしていた。

*本コンテンツはフィクションです。
*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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