WEBマガジン

「イノベーションの育て方 ~ハナさんのストーリー~ (29)」

2020.11.26 株式会社オージス総研  山海 一剛

2019年9月24日

「実はわたしトーク」と「業務システムに、遊び心を加えよう」の2つのワークショップを行ってから2週間ほどが経った。その間もワークショップを継続していたが、大きな進展はなかった。ただし少しだけど、やり方を変えた部分がある。
まず「実はわたしトーク」は、毎回することにした。ワークショップの前に、メンバーが持ち時間1分でトークする。さらに毎回テーマを決めることにした。「自分の家族の話」、「学生時代のエピソード」など。とはいえテーマの縛りは強制ではなく、テーマから外れた話題でもいいことにしてある。テーマはあくまでも話題を考えやすくするためであり、話したくない話題は避けてもいいルールにすることで、強制感が無いようにしたかった。

そのあとにアイデア出しワークショップをスタートするが、必ず冒頭で着眼点を確認することにした。
「何かあれば、着眼点に立ち返る、しっくりこなければ着眼点自体も見直す」
これは佐野さんのアドバイス。着眼点に書かれた課題を解決することで、本当にユーザーはうれしいのか?それを解決することは他社が提供していないようなユニークなものなのか?を、毎回自分たちに問いかけるのだ。

[地方と都会に離れて暮らしている親世帯と子世帯]
[相手の生活の邪魔にならないようなかたちで、互いの様子を把握]する必要があった。
なぜなら / 驚いたことに
[自分の親や子供と、より密に交流したいと思っているにも関わらず、相手の生活の邪魔をしたくないと思っている]から

以前と比べてアイデアの数は格段に増えた。他人のアイデアに乗っかるアイデアが出ることで、さらに面白いアイデアに成長することも多くなった。でも、キラリと光るアイデアが出てこない。出てくるのは警備保障会社がやっているような「見守りサービス」に、凡庸なアイデアをいくつかプラスしたようなものばかり。

ちなみに一般的な見守りサービスとは、何かあればボタンを押す、するとガードマンがすぐに駆けつけるというようなもの。そのために「見守り端末」を自宅に設置する。あるいは「見守りスマフォ」を肌身離さず持ってもらう...たしかにそういうサービスは必要だろうし、ニーズもあるはずだ。でもそれは、「何も連絡がなければ無事と割り切りましょう」と言うとの同じような気がする。私たちが解決したいのは「いざという時の安心」ではなく、日々のつながりだったはず。これでは着眼点で挙げた、相手の生活の邪魔にならないようなかたちで、互いの様子を把握することにはならない。

一度議論の中で、「着眼点から見直してみてはどうか」との声が上がった。もちろん「いつ何時でも必要なところまで立ち返って考えなおす」のがデザイン思考だ。でも他の着眼点と見比べても、あるいはさらに新しい着眼点を考えようにも、より良いものは見つからなかった。

またある時は、「突出したユニークさが無くても、ビジネスとして成立するんじゃない」と萩原さんが言い出したこともある。
「幸いうちの会社は地元の人たちからの信頼も厚い。特に対象がお年寄りともなれば、古くからの新報ファンが少なくない。この地域に閉じてなら、既存の大手のサービスに負けないよ。俺たち営業が頑張ってお客様を集めるからさ」

そうかも知れない...一瞬そう思った。他のメンバーも同じような表情をしていた。でもそんなところで妥協してしまっていいんだろうか。疑問を感じる一方で、当初は協力的とは言えなかった萩原さんが、「営業も頑張るから」と言ってくれたのは、涙が出るほど嬉しかった。そのこともあって咄嗟に言葉が出なかった。そのとき、

アイデア出し
アイデア出し

「今はもう、会社のブランドとか、営業力とかで、尖がってないアイデアを補えるような時代ではありませんよ」
と佐野さんがぴしゃりと言ってくれたので助かった。それにしても、佐野さんらしいパンチの利いた言い方だ。そして機先を制しておいてから、
「岩崎さんの思いはどうなんですか」
と、私にふってくれた。とっさに考えが整理できないので、言葉選びに迷いながら、自分の考えを口にしてみた。自分でもよく覚えていないが、その時、だいたいこんなことを言ったはずだ。

私はこの着眼点を見るたびに、何とも言えない暖かさと同時に、もどかしさが心の中に湧き上がってくる。親が子を、子が親を思いやる気持ちを考えると、私も温かい気持ちになれる。でもそれが却って遠慮というか、心理的な壁を作り出してしまっていることも考えると、何とももどかしい。
「親子の間とはいえ存在する遠慮」、いや「親子の間だからこそ存在する相手をおもんぱかっての遠慮」といったものを解消してあげたい。それは既存のサービスでは解決できていないことだ。いや誰も解決しようとしていないと言うべきかもしれない。だからもし実現できれば、おそらく全く新しいサービスになるのではないか。でもそれは大して重要なことではない。私は離れて暮らす親子の距離を少しでも縮めたい。

みんなしーんとしてしまったが、少しの沈黙を破って
「やっぱりこの着眼点で行こう」
と福石さんが言ってくれた。

「佐野さんはアイデアは数の勝負だと教えてくれた。俺たちがいいアイデアを出せないのは、まだまだ数が足りないんだ。もう少し頑張ってみよう。これまでお世話になってきたこの地域の人たちのために」

ベテランの福石さんの言葉は、みんなの迷いを断ち切ってくれた。

<つづく>

*本コンテンツはフィクションです。
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