新規事業成功のための行動観察を用いた顧客理解
~顧客理解=人間理解のススメ~

新規事業における顧客理解とは

顧客志向、顧客(カスタマー)ドリブンといった言葉が飛び交うようになって久しく、顧客理解の重要性と言われても、今さら感があると思います。では、「人間理解」というとどうでしょうか。

顧客理解というと、「顧客」という言葉からイメージされるように人々の消費行動や購買行動に限定した発想になっていないでしょうか。他方、人間理解となると人間の行動や心理などすべてを含み、範囲は大きく広がりより複雑になることが理解できると思います。
マーケティング学の権威フィリップ・コトラー氏は「H2Hマーケティング」を提唱しています。人間対人間(Human to Human)のマーケティング、すなわち人間中心のマーケティングによる顧客との価値共創の重要性を指摘しています1)

今回のテーマである顧客理解は人間理解を指します。皆様の組織では、人間理解の重要性、複雑さ、困難さをどれだけ認識されているでしょうか。今回は、新規事業における顧客理解、人間理解の重要性について考えていきましょう。

なぜ、新規事業に顧客理解が必要なのか

新規事業や新価値を考えていくことは、今誰も考えついていないアイデア、少なくとも自社にとってはまったく新しい事業分野や価値を見出していくこと、すなわち、人間の潜在的なニーズを発見するプロセスです。そのためには、人間を理解することが発見の近道と言えます。

コロナ禍によって人々の生活や価値観が大きく変わったことは、当事者として誰もが想像できると思います。
これは人々の生活や行動に外部環境要因が影響する身近な事例です。このように、日々刻々と外部環境要因が変化し、また個人個人の状況も日々変化しています。
だからこそ、顧客=人間理解をしながら事業を進めていかないと、まったく売れないものができる可能性が高くなってしまうのです。

例えば、2023年春にGOOD DESIGN Marunouchi(東京)にて、「世の中を良くする不快のデザイン展」が開催されていました2)。このデザイン展では一般的に排除されがちな"不快"に敢えて着目し、世の中を良くするデザインへと昇華させたコト・モノが紹介されていました。
中でも印象的だったのは神戸市役所のロビーの事例です。この事例では、形や素材の違うベンチやテーブルが見た目は不揃いという一種の「不快」を生みつつも、椅子にも机にもなるなど利用者が多様な使い方ができる「快」を生んでいると紹介されていました。人間の心理の中でもあまり着目されなかった部分に焦点を当てたからこそ、アイデアが生まれたことが示唆されます。複雑な人間を理解していくことの大切さ、そして楽しさが分かります。

新規事業における顧客理解の進め方

新規事業を創出する過程は大きく2つの段階に分けられます。
新規事業や新価値の創出は、新しい価値とは何かと仮説を立てるところから始まります。
そのとっかかりとして、顧客=人間理解をするための調査を行います。そこで得られた事実(Fact)を解釈(Finding)し、深い洞察(Insight)を得ていきます。それに基づいたアイデアを検討する。ここまでが、仮説生成段階です。(図1参照)
その後、アイデアをプロトタイピングし、潜在顧客に対してテストし、アイデアをブラッシュアップしていく仮説検証段階となります。

顧客理解という点では、仮説生成段階なのか仮説検証段階なのかによって目的が変わりますので、混同しないことが重要です。

図1: プロジェクト実施フロー・アイデア抽出 イメージ

新規事業における顧客理解の主な手法

顧客理解の主な手法には定量調査、定性調査の2つの手法があります。新規事業において新しい事業や価値を考えていくためには、どちらの手法がよいでしょうか。価値の仮説生成の段階においては、定性調査、その中でも特に行動観察から始めることをおススメします。

行動観察手法が活用されている研究領域の1つとして、心理学が挙げられます。そもそも行動観察という手法は、心理学研究で心を知るための客観的事実データを収集する手法として発展してきました3)。図2のように、目に見えづらい氷山の下の部分、すなわち深層心理や潜在ニーズを探ることに優れた手法が行動観察です。

時々「消費者は自分のニーズを分かってないし、今存在しない製品のニーズなんて聞いても分からない。だから、調査なんて意味ないんだ」という意見を聞くことがあります。そのようなときは、この行動観察によって潜在ニーズを探ることの重要性を強調してお伝えしています。
顧客に聞いても分からないとの発想は顕在ニーズのみに着目している可能性があり、「どのような潜在ニーズがあるのか」と発想を切り替える必要があります。行動観察は潜在ニーズを探る有効な手法なのです。

図2: 観察調査とアンケート、インタビューの違い イメージ

行動観察を用いた顧客理解プロジェクト事例

ある製造業のお客様で、新規事業を検討するプロジェクトが発足しました。先端技術の実用化を目指した新規事業を検討するため、まずは公共スペースにおける人々のお困りごとから発想していくことにしました。公共スペースの中でも人が多く集まる場所を想定し、ビルのロビーで行動観察をすることになりました。
興味深い発見は、人は困っていてもほとんど窓口に行かないことです。我々が行動観察を始めてしばらくすると、窓口から少し離れた場所から受付の様子をうかがっている人が何人もいることに気が付きました。行動や仕草を細かく行動観察してはじめて、「この人たちは本当は手助けを求めているのだろう」と推察するに至りました。
仮に現地での行動観察を行わずに受付窓口の相談記録などからお困りごとを発見する手法をとっていた場合、大部分のお困りごとは発見されなかった可能性があります。
行動観察では記録に現れない一連の行動を観察できますので、困りごとの前後の状況、天気などの環境からも理解しやすいというメリットもあります。

インタビュー調査やアンケート調査は有効な調査手法ですが、単体で深層心理を探ることは困難です。当然、行動観察調査も見えている事実だけではなく、ともすると見過ごしそうな微妙な表情や仕草などの事実を統合していかなければ、人の複雑な心理を探ることはできません。

新規事業の顧客理解でよくある失敗事例

我々が新規事業に関するご支援をするとき、新規事業の経験が豊富な方とご一緒することは非常に稀です。多くの方は既存事業などの業務から異動してきたり、兼務で新規事業でのミッションが新たに追加されたりなど、それまでのキャリアで未経験の領域として新規事業に取り組んでいらっしゃいます。
そのため、それまでの業務と新規事業に関する業務の特性の違いから苦労されることがよくあります。

最たるものは不確実性への耐性です。顧客理解によって創出する新規事業や新価値創造は「正解がない」「不確実」であることが大前提ですが、その状態は不安でモヤモヤした状態を生みます。そのような中で、プロジェクトが停滞する事例も見てきました。
また、得られた事実や解釈をロジカルに分類していき、数の多い要素からインサイト(洞察)やアイデアを抽出するなど、論理的にアイデアを導くことで分類できないことを見落としてしまうなども「あるある話」です。
市場性を追求するために「少ないサンプル数から発想したアイデアなんて信じられない」など、数を求めるあまりよいアイデアが出ていてもお蔵入りになる例も見てきました。そのような意味で、日本はお蔵入りしたお宝アイデアの宝庫と言えるかもしれません。非常にもったいないものです。
新規事業がすでに具体化している段階で顧客理解を始め、仮説生成するつもりが仮説検証になってしまうことも、往々にしてあります。

これらの事例は、何を示唆しているでしょうか。
つまり、新規事業や新価値創出は、うまくいかないのが「当たり前」ということです。
うまくいかない状況に慣れていない、うまくいかない現実を受け入れられない、早く抜け出したい、とつい考えてしまいますが、そこで堪えて試行錯誤していくことが重要です。

新規事業で顧客理解するときのポイント ~失敗のマネジメント~

では、うまくいかない状況をうまくいくようにするには、どうしたらよいでしょうか。
ポイントを3つ挙げたいと思います。

1) アジャイル型で小さく失敗を繰り返す

「正解」や「確実性」は得られないものだと覚悟する。単なる精神論ではなく、この覚悟に基づいて小さく失敗を繰り返し、確信を高めていくことが重要です。小さく失敗を繰り返すとは、複雑な人間の理解を試み、それに基づいてアイデアを出して、テストと改善を繰り返すサイクルをクイックに何度も回すアジャイル型で進めることです。
顧客=人間理解においても、100%確実に理解できる調査手法はありません。どの手法も、メリット、デメリット、限界があります。どんな手法でもいいので、まずはやってみることが重要です。

2) 顧客を理解する現場に自ら参加する

顧客=人間理解を調査会社任せにするのではなく、一緒に現場に出向いて一緒にプロセスに参加することもとても重要です。
新規事業や新価値に関するプロジェクトをご一緒している中には、プロジェクトメンバーから上司の方へ十分に説明ができないというケースがあります。説明できない要因として共通しているのは、説明する方が人間理解の部分に携わっておらず調査結果と現場を結び付けての理解が不十分というものです。
また、一緒に顧客=人間理解のプロセスに参加すると、具体的な潜在顧客像がイメージできたり、個人的に人を喜ばせたい、助けたいといった意志が生まれたりします。そういった意志=Willは、新規事業を軌道に乗せる上で強力な推進力、原動力になっていきます。

3) さまざまなバックグラウンドを持つメンバーで構成する

顧客理解を進めるプロジェクトのメンバー構成は非常に重要です。同じ部署のメンバーだけではなく違う部署のメンバーも入れるなど、バックグラウンドや経験の異なるメンバー構成にすることでさまざまな視野で価値を発見しやすくなるだけでなく、事業推進を見据えた体制を早期に立ち上げることもできます。

以上のように、新規事業や新価値創造をしていくプロセスでは顧客=人間理解により、仮説生成、仮説検証をしていき、小さくプロジェクトを回していくことが大切です。そして、それを楽しみながら具体的に顧客をイメージして、どうしてあげたいのかという意志を持つことが重要です。

行動観察による顧客理解=人間理解の実践に向けて

オージス総研では伴走型のアプローチを推奨しています。これは顧客理解などの調査業務を我々が受託するというやり方ではなく、新規事業などの顧客理解を要するプロジェクトメンバーの一員として我々が合流し共に進めていくやり方です。
プロジェクトメンバーの方々も実際に行動観察を実践し、顧客=人間理解をして潜在ニーズを発見、自分たちが腹落ちしているアイデアをもとに新規事業や新価値を導出していきます。自社メンバーのみのプロジェクトでは難しい、第三者としてのフレッシュで俯瞰した視点、国内の行動観察のパイオニアとしての経験と心理学や消費者行動の専門性を生かして顧客理解・分析をサポートします。
ご一緒したお客様からは、顧客=人間理解を進めていくことで「これは「当たり前」としてとらえていたので価値とは気づけなかった」というお声や、観察場所も想定外の場所を選定して、ゼロから考えていくことの目新しさなどを感じていただいています。

新規事業開発や顧客理解、ニーズ分析にお悩みの方はまずはお気軽にご連絡ください。

参考文献
1) コトラー・ファルチ・シュポンホルツ(2021)『コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践』、KADOKAWA
2) GOOD DESIGN Marunouchi https://marunouchi.g-mark.org/exhibition115.html
3) 長谷川・東條・大島・丹野・廣中(2023)『はじめて出会う心理学』、有斐閣

2024年9月19日公開
※この記事に掲載されている内容、および製品仕様、所属情報(会社名・部署名)は公開当時のものです。予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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