安全を優先する組織文化を作るために
安全追求は終わりがなく、事故を無くすためにさまざまな改善が世界各地で行われています。事故事例を教材として、手順書の見直し、機械や設備の改良が進んできたことで労働災害の発生件数は減少傾向にあります。しかし、ヒューマンエラーは減っておらず、その防止が多くの現場で課題となっています。背景には、安全意識やリスク認知など人の要因に加え、安全管理や体制といった組織の要因もあります。
組織の要因を考える上で重要となるのが「安全文化」です。
安全文化とは何か?
安全文化とは、組織のメンバーが普段の業務において「当然のように安全な行動を『選択』する組織の状態」です。安全文化についてはいくつかのモデルがあり、4つご紹介します。(※1)
IAEAのモデル
図1 IAEAのモデル(小松原, 2016より抜粋)
国際原子力機関(IAEA)が安全文化の構成要素を示したもので、組織の基本方針、管理者、メンバーそれぞれが果たすべき責任についてモデル化したもの
組織の基本方針レベルのコミットメント
①組織の安全に係る基本方針
②安全について責任をもつ組織
③人材・資材の資源投入
④安全活動に対する定期的なレビュー
管理者のコミットメント
⑤責任の明確化
⑥作業の明確化と管理
⑦適正な人材配置
⑧信賞必罰
⑨業務の監査や見直し
個人のコミットメント
⑩常に問いかける姿勢
⑪厳格かつ慎重なアプローチ
⑫対話
四つの文化
図2 四つの文化(小松原, 2016より抜粋・加工)
ヒューマンファクターの研究者であるJ. Reason氏が提唱するもので、安全文化は現場での事故やトラブルを始めとしたさまざまな情報に立脚した文化であるとし、その四つの文化の相互依存関係を示したもの
公正な文化
報告する文化
学習する文化
柔軟な文化
8軸モデル
図3 8軸モデル(小松原, 2016より抜粋・加工)
ヒューマンファクターの研究者である高野研一氏が安全文化の構成要素として8つの軸を提案したもの
組織統率(ガバナンス)
責任関与(コミットメント)
相互理解(コミュニケーション)
危険認識(アウェアネス)
学習伝承(ラーニング)
業務実施(ワークプラクティス)
資源配分(リソースアロケーション)
動機付け(モチベーション)
安全文化成熟度モデル
図4 安全文化成熟度モデル(小松原, 2016を基に筆者作成)
J. Bernard Taylor氏が提唱している、組織の安全文化は5つの段階で示される
レベル1(病的): 安全に対して無関心
レベル2(後追い): 安全については、事故が起こってから対応する
レベル3(計算的): ハザード管理のためのシステムがある
レベル4(前向き): 見出される問題に前向きに取り組む
レベル5(発生的): 安全を中心に業務がなされる
いずれも、安全を何よりも最優先する組織にするためのモデルです。それぞれのモデルで構成する要素が異なるため、自組織の状況に応じて必要な要素を考慮する必要があります。
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安全文化の重要性とは?
当社がお客様からご相談を受け、現場に伺ってみると下記のようなことが散見されます。
・報告するようなことではない些細な内容だと思って報告しない
・自分がしたミスや抜け漏れを隠した形で管理者に報告する
・メンバーが近道行動をしてもリーダーがそれを黙認する
・ルールや手順に全てが記載されていると思い込み、突然の変更や状況の変化があっても手順書通りの対応をする
・守るべきルールが既に数多くあり、新たなリスク対策を加えることが負担と感じる
これらは全て、リスクが顕在化しているにも関わらず対処していない状態であり、放置しておくと事故につながる恐れがあります。また、顕在化しているリスクだけでなく、業務が変化・複雑化することで新たなリスクが生まれることもあり、対応していく必要があります。
詳しくお話を伺うと、上記のようなケースでは「本来よくないことだと分かっているものの、ついそのようにしてしまった」ということが散見されます。安全につながるような行動や思考を選択できていない状況です。このようなことが起こる背景には安全文化が関係している可能性があります。
メンバーがリスクを放置せず自ら進んで発見し対処するようになるには、管理者が安全意識を高めるようにメンバーに注意喚起するだけでなく、安全に関するどのような報告も価値があるものだとメンバー全員が理解し、都合の悪い事柄であっても報告できるような組織の状態を作る必要があります。
安全文化醸成に必要なリーダーシップ
では、安全文化を醸成するにはどうしたらよいでしょうか。それには下記2つが重要になります。
・リーダーシップ
・主体性
IAEAの定義によると、安全文化は組織や個人の特性や姿勢の総体と記されています。異なる特性や姿勢を持つ人で作られる組織が安全という同じ目標に向かっていくために、リーダーは安全こそが何よりも優先されることをリーダーシップを発揮して全体に浸透させる必要があります。また、メンバーはリーダーが定めたことだけに従うのではなく、主体的にリスク認識や安全対策を行う必要があります。
・リーダーシップ
リーダーは安全に対する方針を設定しメンバーを導くことが非常に重要です。
例えば、組織のリーダーが方針を設定せず、自らの仕事に追われメンバーからの報告を聞いていない状況があるとします。方針が定められていないとメンバーは何を・どの程度の水準で実行すべきか理解できません。また、リーダーがメンバーから報告を聞かないと、メンバーは報告の重要性が低いと思うようになり報告の頻度が下がります。その結果、組織としてリスクに気づきにくい状態になります。
他にも、工期が迫っている作業を想像してみてください。リーダーが期限までに工事を終わらせることを重視し作業を急がせる指示を何度も行うと、メンバーは工期内の作業完了が優先的に求められているのだと認識します。結果的に、ちょっとした近道行動をしやすい状況ができてしまいます。
このようにならないためには、リーダーは下記を実施する必要があります。
・組織の安全に対する方針を設定する
・上記に対してメンバー自身の取り組み目標の設定、目標達成の方法を検討させ、主体的に取り組めるようなアドバイスをする
・メンバーの意見に耳を傾け報告しやすい状況を作る
メンバーはリーダーの行動や態度に影響を受けるため、安全を優先する姿勢をメンバーに示していくことが重要です。
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安全文化醸成に必要なメンバーの主体性
安全文化の醸成に重要なもう1つの要素が主体性です。安全文化における主体性とは、自らの意思や判断で責任を持って安全作業をすることです。
メンバーが主体性を発揮するためには、「メンバー自身が課題を認識し、それに対する目標を設定し」「日ごろの安全作業に価値があることを理解する」ことが必要となります。
これらをメンバー各自の頑張りに頼らず仕組みとして運用する必要があります。メンバー自身が課題認識や目標を設定し、リーダーに共有しアドバイスをもらうような仕組みを運用し続けることで、メンバーは定期的に安全上の課題に向き合えます。これらが定着していき、自身の課題をクリアしていく中で少しずつ主体性が身についていきます。
仕組み化をするとメンバーがそれに従って行動してしまい、主体性を奪う可能性もありますが、リーダーがメンバーの取り組みを認め、否定ではなくより良い改善につながる助言を続けることで、メンバー自らが仕組みを活用して主体的に安全に取り組むようになることが期待できます。
仕組み化においては、新たに取り組みを追加するのではなく現在行っている取り組みの運用を変えることが効果的です。その1つの例として、危険予知活動について考えてみましょう。危険予知活動の進め方は大きく分けると以下の2つです。
A. リーダーがメンバーに対して、現場のリスクと対策を共有する
B. 立場に関係なく一人一人が現場のリスクを考えて対策を発表する
我々が伺った現場の多くでは「A. リーダーがメンバーに対して、現場のリスクを共有する」で危険予知活動が行われていました。A・Bどちらもリスクが共有されるという点では変わりませんが、前者は、メンバーがただ話を聞くだけになりがちです。一方後者は、自分事として積極的に考えるような運用にすることで、メンバー各自がリスクや対処を考え安全に関与するようにしています。
後者を継続することで主体性の向上に期待でき、メンバーは自身で発言したことで、実際の行動に移すことも見込まれます。このように、日々の活動の中にメンバーの主体性につながる仕組みを取り入れて活動することで、メンバーの主体性が育まれます。
メンバーの主体性の促進には、前述したようにメンバーのみの取り組みだけでなくリーダーの関与も必要です。この「リーダーシップ」と「メンバーの主体性」の2つが噛み合って行われることが安全文化を醸成するには極めて重要です。
安全文化醸成を進める際のポイント
安全文化の醸成は一朝一夕には実現できず、継続的に運用できる仕組みが必要です。一般的に多くの施策はP(施策検討)D(実行)C(評価)A(改善)で行われますが、最初の施策検討に落とし穴があります。
というのも、施策検討するにあたり事前に行われているのは例えば下記のような
・施策に関連する各種資料や数値を集める
・これまでの経験と信念に基づいた主観的な評価をする
といったものです。ここには「現場の実態がどのようになっているのか」という要素が抜けています。安全文化に関する施策では、この現場の実態をどの程度把握できるのかが鍵になります。
施策検討を行うには、その組織での業務に関する具体的な事実を集め、安全文化に関わる気づきを得ます。そして、安全文化の促進要因・阻害要因を抽出した上で施策検討を行います。安全文化に関する仕事に携わっている方にとって、具体的な事実の把握や要因の抽出は、改めて実態把握から施策検討、実行、振り返り、改善のPDCAサイクルを回しましょう。
安全文化醸成の取組事例
建築土木業界にて、元請会社のリーダーシップと協力会社の主体性が発揮された事例をご紹介します。
ある元請会社では、自社と協力会社の安全追求のレベルに差があることが問題でした。そもそも安全に関する方針や認識の摺合わせが十分でなかったこともあり、双方で安全について議論する場を設けることにしました。
議論はすぐに始めず、意義や安全追求の在り方について時間をかけてお互いに共有することから始めます。形式はグループワークとし、お互いの安全に対する方針を認識合わせしながら業務上の問題点について深く議論しました。このグループワークでは元請会社が積極的に協力会社の意見を引き出していったことで、これまで先送りにしてきた問題に関する議論をしたいと協力会社から伝え解決策を導き出す変化が見られました。
解決策の取り組み進捗の定期的な確認や、立場を超えて共に安全を追求するための場として定期的に開催することとなりました。
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安全文化醸成に向けて
安全文化醸成のためには、リーダーシップやメンバーの主体性が必要になります。しかし、これらを各自のやり方に任せていると、安全追求レベルにばらつきが出てリスクが見逃される可能性があります。安全に対する方針やメンバーの取り組みを確認できるような仕組みを作り、個人でなく組織で取り組めるようにすることで、より強い安全文化を作ることができます。
参考
※1: 小松原 明哲, 安全人間工学の理論と技術, 丸善出版(2016)
2024年10月21日公開
※この記事に掲載されている内容、および製品仕様、所属情報(会社名・部署名)は公開当時のものです。予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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