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2010年9月10日(金)

行動観察と社会心理学

第8回 組織の規範変革と社会心理学-集団に「こころ」を想定することの是非をめぐって-

 前回紹介したように、組織には規範が形成されていることが多い。組織規範とは、メンバーたちが、組織での活動を円滑に行い、対人関係を良好に保つために共有している約束事・決まりである。規範は明瞭に明文化されているわけではなく、知らず知らずのうちにメンバー間で共有されていることがほとんどである。深くメンバーの潜在意識に刻み込まれると、それは各メンバーにとって「当たり前のこと」になり、組織の「常識」となって、いちいち意識されることもなくなる。

 日常平穏なときには外部からはうかがい知ることのできない規範であっても、何か出来事が起こると、「なるほどこの組織にはこんな規範が存在していたのだな」と推察することができることがある。横綱の品格をめぐって問題が生じたときの大相撲協会の対応や、年金行政のずさんさが明るみに出てきたときの社会保険庁の対応などの事例を思い出してみてほしい。我々が組織を批判するとき、その責任者だけでなく、組織全体として抱えている体質や性格に問題があると考えていることがある。「組織の体質」とか「組織の文化」などと表現されるものは、組織規範を指していることがほとんどである。したがって、組織が何らかの問題を抱えて、それを克服しようとするときも、ついつい組織規範の変革に期待が集まることになる。

 規範の変革に臨むとき、まずは、現状の組織規範が具体的にいかなるものであって、どこに問題あるのかを把握することが大事になる。どのようにして把握すればよいであろうか。前回は、リターン・ポテンシャル法を紹介した。これは個々のメンバーに質問して、その回答を集約する手法であった。すなわち、集団としての全体的な特性といいながら、いざその測定となると個人の心理に依存するしかないというのが現状である。

 社会心理学の歴史をひもとくと、20世紀初はじめの頃、”group mind”を著したマクドゥーガルをはじめとして、ヴントやデュルケム、ル・ボン等、名だたる心理学者たちが、集団に「こころ」を想定した議論を活発に展開していた。これに対して、F・H・オルポートは、集団レベルで発生する現象の原因は、結局のところ、個人の心理や行動を対象として検討することによってしか明らかにできないのだから、集団や集合に心性を想定して、それに集団行動の原因を求めるのは間違いであると主張して、論争を起こしている。科学であろうとする指向性を強く持っていた心理学の世界では、オルポートの主張に軍配が上がって、集団に心を想定することは「集団錯誤(group fallacy:オルポートが提示した概念)」と呼ばれ、集団行動を心理学的に検討するときに陥らないようにすべき錯覚とされてきている。

 他方、20世紀後半から終盤にかけて飛躍的に発展した「複雑系」科学の研究成果の後押しもあって、最近では、組織などの集団には、メンバーたちの相互作用に図 複雑系科学の視点よって、メンバー個々には還元することのできない、集団としての全体的特性が「創発」されるという視点が再評価されてきた。全体的特性は、メンバー個々の特性と相互に影響しあって変容すると考えられるので、メンバーに働きかけることで全体的特性、すなわち組織規範への変革が実現されると同時に、組織規範が変化するような働きかけによって、メンバーたちの行動や心理に変化をもたらすルートも視野に入ってくる。

 実際のところ、我々が「組織の体質」あるは「組織の文化」と感じているものを、その組織の全体的特性として客観的に測定し把握する科学的な方法論は開発途上にある。行動観察の手法が、より洗練され、効率化されると、集団全体の動きを包括的に観察し、そこで立ち現れる全体的特性を客観的に把握できるようになると期待される。すでに、日立製作所によって組織内コミュニケーションの行動観察を緻密に測定するシステムも実用化されてきている。

 組織は発生から年月を経るほどに、次第に成長し、成熟期を迎えたあとは、どうしても硬直的なパターン的判断や行動に支配されがちな老齢期を迎えるのが自然な流れである。しかし、マネジメント次第では、組織をフレッシュな状態に保ち、柔軟に環境適応的にふるまえるようにすることは可能である。組織規範の成立、成熟の過程は人間の人格発達にも似ており、組織規範の効果的な育成と変革の方略開発は、一朝一夕には実現しない永遠のテーマ的性格を帯びた課題であるが、規範を客観的に測定する取り組みは、その道を切り開くものとして期待が大きい。

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