第107回 人的資源管理に「心」の要素を考慮することの意味(4)- 管理者のリーダーシップ育成をめぐって② -

2019.09.26 山口 裕幸 先生

 前回に引き続き、リーダーシップの育成について考えていく。これまでの研究の成果を踏まえれば、リーダーシップを育成しようとするとき、目指すべきゴールは、理論的には明確になっていると考えられる。というのも、部下たちが優れたリーダーだと認める人たちは、日頃、どのように振る舞っているのか、その行動や発言、態度の特性を明らかにする研究によって、2つの要因を両立させることの重要性がわかっているのだ。その1つは、仕事の目標をしっかり達成させるための行動と態度をとることであり、もう1つは、部下たちが気持ちよく、やる気を持って働き、円満な人間関係を維持できるように配慮する行動と態度をとることである。端的に表現すれば、前者は「仕事への厳しさ」であり、後者は「部下・同僚への思いやり」だといえるだろう。これらを両立させる行動をとれるようになることが、リーダーシップ育成の目標になるといえる。

 とはいえ、このふたつは、同時に両立させるのは難しいので、仕事の進み具合や取り巻く状況の性質に応じて適切に判断して、行動や態度をとることが大事になる。コンティンジェント(状況即応的)であることが優れたリーダーシップを発揮するには必要なのである。ただし、これは状況に応じて考え方や方針を変化させることを意味するわけではない。状況に応じてとるべき行動は多様にある。しかし場当たり的に行動を選択するのではなく、ひとつひとつの行動をとる理由が、しっかりとした考え方に基づく一貫したものであることが重要である。ぶれない一貫した考え方に基づいて、状況に応じて最適な判断を下して行動を選択できることが、優れたリーダーシップを発揮することにつながるのである。

 ここで鍵を握るのが、仕事をするうえで、どのような考え方をぶれずに持ち続けるのか、という点である。人間は誰でも自分がかわいいものである。職場における自分の立場をより良いものにしたい気持ちは、誰でもが心の奥の一番基本的なところに持っているだろう。自分の心の奥底に潜む自己擁護的で利己的な気持ちは、仕事をするうえでも保身優先や事なかれ主義へと結びつきやすい。リーダーや役職を任されたときに、知らず知らずのうちに保身優先や事なかれ主義がにじんだ考え方で、行動し発言していけば、部下たちはそのリーダーの提案や意見を受け入れ、進んで動くことは次第にやらなくなっていくだろう。

 前回、リーダーシップは、その言葉の意味を考えれば、リーダーとしての心構えであると述べた。リーダーとしての心構えに疑問が生じると、部下たちはそのリーダーについていくことはためらうようになってしまう。リーダーシップとは、つまるところ部下たちを動かす影響力である。もちろん役職者になればそれなりの権力を得て、それによって部下を動かすことは可能である。しかし、それだけでは、リーダーとしての心構えを認めて部下たちがついていく真の意味でのリーダーシップとはいえないことを肝に銘じておきたい。

 保身優先や事なかれ主義では、部下がついてくリーダーの心構えとしては不適切だとすれば、いかなる心構えを持つことが大事なのだろうか。冒頭に紹介した理論的な枠組みに沿って考えれば、まず、しっかりと仕事の目標を達成させることをゆるがせにせず追求するために、「自分たちはなぜ一緒になってこの仕事に取り組むのか」という問いに明確な答えを持っておくことが大事だと言える。

 仕事は楽しいことばかりではない。むしろつらいことや苦しいことの方が多いかもしれない。それでも頑張るのはなぜなのか、腹落ちした理由を自分の中に持っておくことである。それは、自分たちの成し遂げる仕事が、世の中の人たちや社会にどのように役立つのか、いかなる価値があるのかについて考え、納得し、誇りを持つことと深く結びつく。意味のあること、価値のあることだからこそ、頑張ることができる。もちろん、会社や所属する組織の利益のため、家族のためという理由も大事である。ただ、保身優先や事なかれ主義の誘惑を克服するには、仕事の価値や意味を心に深く刻むことがより重要であるといえるだろう。そして、この認識は、なによりも自分自身が仕事を成し遂げるための自己研鑽を続けることを動機づけ、その姿勢や態度は、部下や同僚からの信頼につながることになる。

 そのうえで、その価値ある仕事は、自分一人の力だけでは成し遂げられるものではなく、部下・同僚の皆の力を合わせていかなければならないことを明確に認識することも不可欠である。部下や同僚の力が必要だからこそ、思いやりを持って人間的な配慮を欠かさないようにしようと自然に思うことができる。

 優れたリーダーが備えるべき条件として、端的な表現を用いて「仕事に厳しく」かつ「部下・同僚を思いやる」と言ってしまうと、一見、状況に応じて行動を変える優柔不断とも見えることを意味するように誤解してしまうかもしれない。しかし、仕事を成し遂げることの価値を強く認識することで、部下や同僚に思いやりを持って接することは、矛盾なく必要なことだと理解できるだろう。

 このように考えてくると、冒頭にリーダーシップ育成の目指すべきゴールは明瞭だと述べたことがわかってもらえるのではないだろうか。そのゴールに向けて、どのような働きかけが有効なのか、次回は具体的な育成策について考えていくことにしたい。

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