第153回 意識や行動を変える「力」について考える ~自律的に変化を作り出す力はどこから来るか~

2023.9.11 山口 裕幸(九州大学 教授)

 人間の心理の世界にも、一度動き出したらそのまま変化しようとしない「慣性の法則」らしき力動性が働いていることについて前回論じた。とはいえ、当然のことながら、人間は、変化して適応する能力を持っている。ただし、いつも積極的に自律的に変化していくわけではないことを了解しておくことが大事だろう。では、どうすれば自律的に進んで変化しようとするのだろうか。この問題について、「なぜ、なかなか自分で進んで変化しようとしないのか?」という視点からアプローチしてみたい。

 かつてNHK放送の「チコちゃんに叱られる」の番組スタッフの方から、番組に子どもさんから「夕方、これから宿題をしようと思っているときに、お母さんから『宿題はちゃんとやったの?』と言われたら、やる気がなくなってしまうのですが、それはなぜですか?」という質問が届いていて、小さな子どもさんでもわかりやすい答えを一緒に考えて欲しい旨の依頼を受けたことがある。どうやらこの手の経験は、誰もが一度はくぐり抜けるものらしい。

 人間は誰でも、自分の行動や判断は自分で決めたいという基本的な欲求を持っている。内発的動機づけの幾多の研究を統合的に理論化したディーシーとライアンによる自己決定理論(Deci & Ryan, 1985, 2004)では、「有能さ:自己の能力とその証明に対する欲求」と「関係性:周囲との良好な関係性に対する欲求」、そして「自律性:自己の行動を自分自身で決めることに対する欲求」の3つが基本的欲求として捉えられている。特に自律性の欲求は重要なものとして位置づけられている。

 小さい子どもでも、自分の行動は自分で決めたいという欲求を持っているのである。母親に宿題をやったか問われることは、行動を催促されていることを意味し、自律性欲求を阻害するものとして受け取られてしまうのである。そして、心理的な抵抗を感じて、行動をやめたり、反対の行動をとったりする「心理的リアクタンス」反応に繋がる。

 個人に意識や行動の変化を求めるときに、頭ごなしに命令しても、あくまでも一時的で表面的な効果しか持たないと肝に銘じておくべきである。自分自身で変わろうという気持ちになることが、変化への動機づけを成功させるキモと言える。実のところ、前回のコラムから注目してきている「変化しようとしない」、あるいは「変化を嫌う、避けようとする」心理の背景には、自分自身が変化する必要性を実感していないことが原因として存在している。

 例えば、日本では、1990年代に入るとバブル経済が崩壊し、グローバリゼーションの高まりもあって、組織変革の取り組みが盛んに推進された。たくさんの組織で懸命の努力が行われ、様々な変化も生まれたが、名称の変更に代表されるような表面的な変化程度にとどまり、本質的な変化にはなかなか届かないことが多かった。

 というのも、組織レベルでは必須だと捉えられた変革であっても、成員たち個人レベルにとっては頭ごなしの命令であり、面倒なことを強いてくる動きでしかないことが多かったのである。職場によっては、「変われと言うがどう変われというのか」とか「変わったら必ずよくなるという保証はあるのか」といった難癖めいた不服がささやかれることも少なくなかった。これは、「変化への心理的抵抗」と呼ばれ、組織変革の取り組みを阻害する要因のひとつにあげられることも多かった。他方、管理する側としては、抵抗されると、なおさらのこと変革推進のために頭ごなしの命令をさらに強化しがちであった。その結果、「なんでもかんでも変革で、将来にわたって守り続けていくべき大切なものまで壊して無くしていることが多い」という批判がなされることもあった。こうした批判的意見は、頭ごなしの命令への心理的抵抗の表れのひとつと言えるだろう。

 人の意識や行動を変えて欲しいと思うとき、頭ごなしの命令は逆効果でしかないことを十分に理解しておくことが大事である。たとえ親であろうが、上司であろうが、権力を振りかざして命令しても、一時的で表面的な変化しか生み出せない。自律性欲求に基づく意識や行動の変化を導き出す視点に立てば、本人が「変わろう」という気になるような、環境からの刺激を工夫する取り組みが鍵を握ることになる。

 日本人は従順であると言われることがある。もしかすると、日本社会の場合、経済的な長期低落傾向には歯止めがかからなくても、治安も良く、贅沢を言わなければ食料や衣料も逼迫するほどではないがゆえに、変化する必要性の「実感」が乏しい状態が続いているのかもしれない。周囲の人々との繋がりを優先的に意識する東アジア特有の協調的自己観によって、ついつい「みんな一緒」という感覚にとらわれてしまう側面もあるのかもしれない。しかし、長期低落をさほど気にしていないうちに、ある時点で「ゆでガエル」のように滅亡してしまったのでは元も子もない。人々が「やればできる」という自己効力感を持っているうちに、変化への自律的欲求を実感できるような環境からの刺激を与える社会施策に期待したい。

【引用文献】
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). The general causality orientations scale: Self-determination in personality. Journal of Research in Personality, 19(2), 109-134.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (Eds.). (2004). Handbook of Self-determination Research. University Rochester Press.
※先生のご所属は執筆当時のものです。

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