第53回 会議の社会心理学(2)-話し合いが暴走してしまうとき①-
2014.12.12 山口 裕幸 先生
前回、話し合いをすれば、最初はメンバーの意見がそれぞれに異なっても、互いに歩み寄って、個々の判断の平均よりは的確な決定に近づくことが多いと考えて良さそうな実験の結果を紹介した。しかし、いつもそんなに都合良くことが運ぶことばかりではない。話し合ったがために、とんでもない決定がなされてしまう場合があることにも注意が必要だ。
話し合って出された決定が、一人ひとりのメンバーの元々持っていた意見よりもリスキーな(挑戦的な、思い切った)方向にエスカレートしてしまう現象が見られることを、社会心理学者のウォラックたちが実験を行って確認している(Wallach, Kogan, & Bem, 1962)。彼らは、当事者が判断に迷っている事例を実験参加者に提示して、成功の確率がどのくらいあれば思い切って挑戦的な(リスキーな)判断をするべきか意思決定する課題を与えた。
例えば、「並の給料だが定年まで安定した収入を得ることが見込まれる技師がいる。ただ、彼は現在、他社に転職すべきか悩んでいる。というのも、転職すれば収入はかなり増えるが、その他社は創業したばかりで将来には不安があるので、現職に留まった方が良いのかもしれないと悩んでいるのである」という事例を読ませて、実験参加者に、転職先の会社の将来的な成功の確率がどれだけあれば転職すべきだと思うか考えさせたのである。
回答は、10%、30%、50%、70%、90%のいずれかに加え、「決して転職すべきではない」の6つの選択肢の中から、ひとつを選ぶ形式であった。上記のような事例が全部で12個準備されていて、参加者は事例ごとに一人で考えて回答した後、集団になって話し合いを行い、全体で合意した結論を導いていった。そして集団決定のあとに、再度、一人で考えて、その時点での個人的な判断を答えて、実験は終了した。成功の確率が高い方を選ぶほど安定志向の慎重な決定といえ、逆に、成功の確率が低い方を選ぶほど挑戦的なリスキーな決定をしたことになる。
実験は男性集団と女性集団で実施されたが、男女に関係なく、話し合いによる結論が、話し合い前の個人的な判断に比べて、統計学的に有意にリスキーな方向に変化する現象が多く見られた(男性集団で12個中8個、女性集団で12個中7個)。男女ともに、1個の事例については逆の保守的な方向への変化が有意に見られてはいたが、ウォラックたちは、議論することが、集団の意思決定をより挑戦的で思い切りのよいリスキーな方向に変化させる影響を持つと指摘したのである。
この研究が刺激となり、多数の研究が行われ、個人の決定に比べて集団決定は、リスキーな方向だけでなく、逆のコーシャス(慎重な)方向へと移動する傾向が見られることもあると確認されて、こうした現象は「集団極性化(あるいは極化)現象(group polarization)」と呼ばれるようになっている(Stoner, 1968; Moscvici & Zavalloni, 1969; Myers & Lamm, 1976等) 。
集団極性化現象はいつも発生するわけではなく、一定の条件が集団に備わったときに発生しやすくなる。その条件のひとつは、話し合うメンバーの考え方や価値観が類似もしくは一致していることである。集団で話し合うとき、一人ひとりのメンバーは自分の意見の正しさに一定の自信は持っていても、同時に少しの不安も併せ持っていることが多い。同じ考え方を持っているメンバーが集まって話し合いをする場合には、自ずと互いに他者の意見を「そうだよね」と支持しあう結果になる。
この相互支持は、自分の意見の正しさについて各メンバーがわずかながらも持っていた不安をぬぐい去り、すっきりと自信を持つことにつながる。「そうか、皆自分と同じ考えなんだから大丈夫さ」と思ってしまうのである。集団状況では、メンバーは互いに影響を及ぼしあって、関係性がダイナミックに変動するグループ・ダイナミックスが機能する。類似した、あるいは同じ考え方をするメンバーからなる集団では、ひとつの方向に向けてメンバー全員が支持の姿勢を示すことになり、互いの意見を強化し、さらなる自信を持たせて、グループ・ダイナミックスは渦を巻くような勢いを与えるように働きがちである。その結果、集団としての決定は、メンバー個々の持つ元々の意見よりもさらに極端なものになってしまうのである。
職場のように、いつも一緒に働き、触れあっていると、メンバー同士の考え方や価値観は自然と似通ったものになりがちである。このことは、集団の斉一性に関する社会心理学の古典的な研究でも実証されている(Sherif, 1937等)。とすれば、職場集団や仲の良い友達が集まった集団での話し合いは、そもそも同じ考え方や価値観の共有されている状態から始まっていることも少なくないだろう。そんな話し合いでは、集団極性化の潜在的可能性は高く、集団決定が的確なものから離れてしまう危険性が高くなると考えておく方が良い。
非喫煙者が集まって職場の喫煙場所を話し合う状況を例にとって考えてみよう。メンバーが集まった段階では、建物の内部に喫煙場所を設けるアイディアを持ち寄っていたのに、話し合った結果、最終的には建物の内部での喫煙は認めないことにして、建物の外で喫煙するようなルールが決定されるようなことは起こりがちである。もちろん、副流煙の害を考えれば、この決定が的確さを欠くとはいえないかもしれない。しかし、少なくとも、最初は建物の内部に設けることを皆は考えていたのに、話し合いの結果、内部では禁煙という結果になったということは、やはり極性化の作用があったといえるだろう。多様な異なる意見の持ち主が集まって議論するときの方が、集団極性化の危険は小さいと思って、ちょっと不愉快かもしれないが、他者の自分とは異なる意見に耳を傾けることが大事になってくる。
さて、もうひとつ気をつけておかねばならない要素がある。メンバーの考え方が類似していることに加えて、その要素が加わると、単なる極性化だけではすまない、皆で集まって愚かしい決定を導くことさえ起こってきてしまう。その現象については、次回紹介しよう。
<引用文献>
◆ Moscovici, S. & Zavalloni, M. (1969). The group as a polarizer of attitudes. Journal of Personality and Social Psychology, 12(2), 125-135.
◆ Myers, D. G., & Lamm, H. (1976). The group polarization phenomenon. Psuchological Bulletin, 83(4), 602-627.
◆ Sherif, M. (1937). An experimental approach to the study of attitudes. Sociometry, 1(1), 90-98.
◆ Stoner, J. A. F. (1968). Risky and cautious shifts in group decisions: The influence of widely held values. Journal of Experimental Social Psychology, 4(4), 442-459.
◆ Wallach, M. A., Kogan, N., & Bem, D.J. (1962). Group influence on individual risk taking. Journal of Abnormal and Social Psychology, 65(2), 75-86.
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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