第83回 多様な意見が飛び交う社会や組織を築く鍵(1)-「心理的安全(psychological safety)」の研究を参考に-

2017.06.20 山口 裕幸 先生

 前回まで、互いが自己の利益に執着し、異なる意見や価値観を排除しあってばかりでは、共貧社会を招きかねないことを社会心理学の研究知見に基づいて説明してきた。共存共栄の社会を築いていくためには、異なる意見や考え方の者同士でも、気兼ねなく自分の意見を主張しあえる多様な考え方が許容される環境が必要になる。これは、社会のような大規模なレベルだけでなく、職場や家庭といった集団のレベルでも同じである。

 エドモンドソン(Edmondoson,1999, 2012)は、お互いにとって関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気を「心理的安全(psychological safety)」と呼び、組織の中のチーム活動を効率的なものにしていくうえで重要な役割を担う要素として指摘している。もちろん、互いが気を遣いあって、なかなか自分の意見を言えない職場で仕事をするのはストレスフルであり、気兼ねなく自分の意見が言いあえることは大いに歓迎されるところである。

 「心理的安全」がチーム活動におよぼす好影響について、エドモンドソンは具体的に7つの点をあげている。列記すると次の通りである。①率直に話すことが奨励される②考えが明晰になる(気兼ねによる不安は脳の活動を安静な状態ではなくしてしまうため、集中力を要する探求、計画、分析といった仕事に重要な役割を果たす処理能力を抑制してしまう。心理的安全はこうした抑制効果から解放する)、③気兼ねなく意見を戦わせることができるようになり、意義のある論争が奨励される、④失敗(ミスやエラー)をありのままに報告して話し合うことが気楽にできるようになる、⑤イノベーションが促進される(多少突飛なアイディアでも提案しやすくなる)、⑥純粋にチーム目標(?みんなの利益)の達成を目指すようになる(保身を図るための利己的な考え方に執着しなくなる)、⑦他者からの非難を恐れず率直に話すことを支持し、そのことに責任をもつようになる。

 これらすべてがかなえられないとしても、③や④の効果は、どの組織でも、のどから手が出るほどに必要とする要素といえるだろう。しかし、他方、「心理的安全」を構築し保全していくことは容易なことではないと思われる。特に職場のような組織集団では、互いに気を遣いあい、窮屈な思いをしながら仕事をしていることの方が多いのではないだろうか。

 なぜ自分の考えや感情を職場の仲間たちに気兼ねなく伝えることは難しいのだろうか。エドモンドソンは、組織で働く際に、個人が抱きやすい4つのリスクイメージが、心理的安全の構築を難しくすると指摘している。すなわち、周囲から、①無知だと思われる不安、②無能だと思われる不安、③ネガティブだと思われる不安、④邪魔をする人だと思われる不安である。

 ①と②は多かれ少なかれ誰もが経験したことがありそうな心理である。③については少し補足が必要かもしれない。一緒に仕事をしていれば、何かしら相手の耳の痛いことでも指摘しないわけにはいかないことも生じてくる。しかし、そうした批判的な指摘をすると、気むずかしい人だとか、一緒に仕事をするのが大変な人だとかの評価を受けてしまうのではないかと不安になる。これが「ネガティブだと思われる不安」の意味である。

 ④についても少し補足が必要だろう。仕事をしていれば、職場の周囲の人に、何か意見や考えをフィードバックしてもらいたいと思うときもある。しかし、それを求めると、相手の時間や労力を使わせてしまうことがあると考え、仕事の邪魔をする人だと思われてしまうのではないかと不安を感じることもある。これが、エドモンドソンが4番目にあげている不安である。

 確かに、集団や組織、そして社会的な場面で、他者と一緒に活動する場面では、周囲の人々からの評価を気にする「評価懸念」が、個人の言動に抑制的な影響を及ぼすことはグループ・ダイナミックスの研究でも古くから指摘されてきたことである。エドモンドソンの指摘は、組織の中のチームにおいて作用する評価懸念を、より分析的に具体的に述べたものといえるだろう。これらの不安を克服することが,「心理的安全」を組織や集団、そして社会に作り出していこうとするときの基盤となる取り組みになりそうである。どのような手立てがあるだろうか。次回は、「心理的安全」の構築方略について議論していくことにしたい。

【引用文献】
Edmondson, A. C. (2012). Teaming: How organizations learn, innovate, and compete in the knowledge economy. San Francisco: John Wiley & Sons.(Edmonson, A. C., & 野津智子. (2014). チームが機能するとはどういうことか. 英知出版)
Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative science quarterly, 44(2), 350-383.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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