第134回 社会心理学的視点で社会と組織の活力の源泉を考える 5 ~日本人のメンタリティーと社会や組織の革新性との関係について~

2022.02.03 山口 裕幸(九州大学 教授)

 組織や社会で「常識」と見なされていることは、その構成員に受け入れられ、その心に次第に深く潜りこんでいく。そして、普段の生活を送っているときには、いちいち意識されないほどに、その人にとって当たり前の視点・考え方になっていく。その人なりの常識は、生活のさまざまな出来事をどのように捉えるか、そのフレーミング(認知的な枠取り)の基盤となっている。

 ほとんど無自覚のうちに、我々は自分なりのフレーミングで世の中の出来事や他者の行動を捉え、解釈している。一定の安定したフレーミングで物事を捉えることは、円滑な社会生活に役立つ反面、変化の少ないマンネリ化した視点・考え方につながる。したがって、社会や組織の創造的なイノベーションを活性化するには、まずは今までとは異なるフレーミングで捉えてみることが大事になってくる。

 とはいえ、ほとんど無自覚に心の奥深く潜在している自分なりの常識に気づくことは簡単なことではない。しかし、何かしら異質な視点や考え方に接したときに感じる違和感は、自分が心の奥深く持っている常識や当たり前のフレーミングに気づく絶好のチャンスだと思われる。

 素晴らしい技術力、組織力を世界に誇っていた日本が、このところガラパゴス化しているとか、イノベーションに出遅れているとか評価されることを最近よく耳にする。なぜ、そんなことになっているのか考えてみると、その原因として、日本人が無自覚のうちに取り続けているフレーミングの特徴が影響している可能性に思い当たることがある。もちろん、社会現象は多種多様な原因が絡まり合って起きている現象だが、社会や組織のイノベーションを考えるときに、日本人の多くが取りがちなフレーミングの特徴に注目することは、社会心理学的に興味深い視点を与えてくれる。こうした観点から少し考えてみよう。

 例えば、就職しても短期間でやめてしまう若者に対して、年長者が「『石の上にも三年』だよ」という言葉を投げかけて諭すことが、日本ではよくあるパターンのひとつである。苦しくても辛抱していれば、いつか目標は達成できるという意味合いの言葉で、日本人であればすんなり共通理解されるものである。「雨だれ石を穿つ」とか「愚公山を移す」等、辛抱し努力し続けることの大切さを説く言葉は他にもあって、人々の潜在意識に深く入り込んでいる。この潜在意識はフレーミングに影響し、早期離職する若者を戒める言動につながるのだろう。多くの人々が、それが常識だと感じているのである。

 また、「転石苔を生さず」という言葉もしばしば耳にするものである。この言葉には、「転がってばかりいる石(=転職ばかりしている人)には苔さえも(何も)生えない」というネガティブな意味合いと、「転がっている石(=活発に動いている人)は苔がつかずいつも輝いている」というポジティブな意味合いの両方があるとされている。前者はイギリスで主流の捉え方で、後者はアメリカで主流の捉え方だと言われる。日本では、前者のイギリス流の保守的な捉え方に近いだろう。転職自体は、昨今、珍しいことでもネガティブなことでもなくなってきたが、かつての日本社会ではあまり好ましい行動ではなかった。筆者自身、企業を5年ほどで退職して学究の道に転じるときは、親や先輩から厳しく諫められたものである。

 これらのことから推し量るに、日本社会や日本人は、新しいことに挑戦することよりも、現在の取り組みを継続する努力をすることの方を重んじるところがあるようである。こうした日本人らしさとも言うべき特性については、多種多様に指摘があるが、永田公彦(2022)は、歴史的に日本人社会に深く根差す文化特性として9つに整理して指摘している。具体的には表1を参照していただきたい。いずれも、なるほど思い当たることばかりである。

 表1に指摘された日本人社会の文化特性は、自分たちでも気づきにくいほど深く心にしみこんでいるメンタリティーの発露であり、フレーミングのあり方に強く影響する。そして、こうしたフレーミングは、これまでになかった斬新で創造的なものを生み出そうとする取り組みにはブレーキをかける方向で作用する可能性が高いと感じられる。

 しかしながら、これらの文化特性、メンタリティーは、長年にわたり日本社会と日本人の心に馴染んできたものであることを考えれば、日本人にとって適応的で利点が多いものと言えるだろう。単純に悪者扱いして、無理矢理にこれらの文化特性やメンタリティーを作り変えようとすることは短絡的すぎる。

 社会や組織の創造的な革新を指向する取り組みとしては、むしろ、これらの文化特性の持つ利点、長所にも目を向けつつ、自分たちがついつい無自覚に取りがちなフレーミングの特徴を理解し、異なるフレーミングはないか探索する努力や工夫をすることが有効だと思われる。自分たちにとっての常識は、必ずしも普遍的なものではないかもしれない。そうした好奇心を持つことが異なる新たなフレーミングへの気づきにつながるだろう。

【引用文献】
永田公彦(2022) フランス人も注目の「ニッポン後退論」、日本が目指すべき独自の進化とは、DIAMOND ONLINE ( https://diamond.jp/articles/-/294216 ) 2022年1月28日掲載

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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