第157回 組織的不祥事が繰り返し起こる理由を考える~「組織ならでは」の心理学的特性を視野に入れつつ~

2024.1.12 山口 裕幸(九州大学 教授)

 2023年も過ぎゆこうとしている。この1年、スポーツやアートの領域ではさまざまな分野で日本人の活躍が伝えられ、明るいニュースに喜ぶことの多い1年だったと言えるだろう。ただ、残念なことに、政治や産業・組織の領域では残念なニュースが相次いだ。年末に至っても、国会議員によるいわゆる「ウラ金問題」や自動車製造企業における「型式認証不正問題」など、国民をがっかりさせる事案がメディアを賑わせている。

 組織的な不祥事とは、多数のメンバーが関わるところに特徴がある。それは露見する都度、非常に厳しい社会的批判を浴び、コンプライアンスの徹底が叫ばれる状況に繋がってきた。しかし、今日に至るまで消え去ることなく、連綿と発生し続けているのが現実だ。

 組織的不祥事はなぜなくならないのか、その理由を考えるときに、「組織であるが故」という視点を持つことは大事なポイントになると考えられる。一人ひとりは、優秀で善良であったとしても、組織に醸成されてきた文化や規範は、個人の判断や行動に強力に影響を及ぼす。その結果、個人としては、たとえそれが非違行為だとわかっていて、本音としてはしたくないことであっても、組織の文化や規範の持つ影響力は、個人の意思を超えて実行することを強いる力を持つことがある。

 「同調圧力」という言葉が注目され、生きづらさをもたらす要因のひとつに取り上げられる。この圧力は、物理的圧力とは異なり、社会や組織が目に見えない形でもたらす影響力として捉えられることが多い。しかし、社会心理学的に捉えると、同調圧力は個人が感じるものであり、社会規範や組織文化が目に見える形で我々の前に立ち現れて、ぐいぐいと押してくるのではない。あくまでも個人が「世の中って(この会社って)こうしないといけない雰囲気を感じるなぁ」と認知して、その結果、自己の意思に反する行為でも社会や組織の多数意見に合わせるべきだろうと「空気を読む」ために感じる圧力なのである。

 という説明を聞くと、「ならば、一人ひとりが自分の意思をしっかり持って、圧力に負けないことが大事だ」という論調の見解が出てくるのは当然のことかもしれない。しかし、周囲の多数意見あるいは組織の文化や規範にあらがって、個人が自己の意思を貫徹することは至難の業である。そのことは、幾多の社会心理学研究によって明らかにされてきている。集団で生活することで命を繋いできた我々人間は、周囲の人々と調和的に生活することの大事さが身にしみてわかっており、葛藤はあっても、多くの場合、同調を選択してしまうのである。

 したがって、組織的な不祥事の場合、その非違行為の実行者を責め、罰しても、問題の解決にはなりにくい。もちろん、社会や組織の最上層部の責任者の非を問うことも行われるが、組織の文化や規範は残ったメンバーによって継承されていく。組織の文化や規範に根本的な変化が生まれない限り、時間経過とともに、以前発生したものと類似した不祥事が発生することになる。長い歴史と伝統を誇る優良企業あるいは業界が、かつて起こした不祥事と類似する新たな不祥事を起こしている事例は少なくない。政治と金の問題、自動車整備不良の問題も、これまでに繰り返し発生してきた不祥事である。

 組織の文化や規範は、メンバー達が交流し、影響し合うことで共有されるようになった目に見えない決まりごと、ルールのようなものである。何世代もの先輩達を経て受け継がれてきた文化や規範は容易には変えられない。しかも、「この組織では、こうすることが望ましい(≒正しい)」という価値付けもなされていることが多く、変わったように見えても一時的なことで、知らず知らずのうちに元の状態に戻ってしまうこともある。

 「長いものには巻かれろ」という言い回しはよく耳にするものである。このことは、「権力を持つ者の言うことには従っておけ(逆らうな)」という意味で、現実の処世術を指南する言葉だと言える。確かに、組織のトップの号令ひとつで、メンバーはその号令に従った判断・行動をとろうとする。それだけ組織トップの影響力は絶大なものがある。そのことを積極的に生かそうとすれば、組織トップが、部下達に「変われ」と号令するだけでなく、自らがコンプライアンスを具現化する変化のお手本を示し続けることは、旧来の組織の文化や規範を変革に導く潮流を生み出す大きな推進力となることを意味している。今、ノブレス・オブリュージュの精神に則って自分自身の変革現在進行形の姿を示すことは、社会や組織の上層部で権力を担う人たちに切実に求められていることだと言えるだろう。

2023年12月22日 著者執筆

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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