第132回 社会心理学的視点で社会と組織の活力の源泉を考える 3 ~どうやって新規な取り組みへの挑戦を動機づけるか~

2021.11.30 山口 裕幸(九州大学 教授)

 前回は、社会や組織の活力を勢いづけるのは、新規な取り組みに挑戦する行動であることを踏まえ、挑戦する行動の代表としてリスクテイキング行動に着目し、それを動機づける要素について考えてみた。社会心理学の実験研究によれば、先々ポジティブな結果が続きそうだという明るい予想、予感を持てることが、リスクテイキングを可能にすることが示唆されていることを確認した。

 しかしながら、これは同意反復(トートロジー)の罠に引きずり込まれそうな話である。活気ある社会や組織はリスクテイキング行動の促進によって導かれると言ったそばから、リスクテイキング行動を促進するには将来の活気ある社会や組織を予想、予感できることが大事だと言ったのでは、活気ある社会・組織が先なのか、リスクテイキング行動の促進が先なのか、話は行ったり来たりするようになってしまう。

 ただ、社会や組織の活気に陰りが出ている現状を考えれば、いきなり明るい将来を予想できる状況に一気に改善することは期待できない。そうした状況改善を着実に一歩ずつ進めるためにも、進取の精神に富む挑戦的な行動を引き出していく手立てを考えることが大事になるだろう。そこで、人々の挑戦的な行動を創出する起源としてリスクテイキング行動を促進する方策について考えてみたい。

 リスクテイキング行動を促進する方策については、交渉場面における当事者の認知的フレーミングの調整をあげることができる。このコラムで何度か紹介してきたように(第18回25回41回を参照)、商談を行う交渉ゲームを用いた実験を行って、当事者の認知的フレーミングの違いが、交渉結果に大きな影響を及ぼすことが明らかにされている。すなわち、利益をできるだけ大きくすることに注意を向けるポジティブ・フレーミングで交渉を行う時の方が、損失をできるだけ小さくすることに注意を向けるネガティブ・フレーミングの時よりも、合意に達する機会が多く、得られる利益も大きくなるのである。

 認知的フレーミングは無自覚のうちにセッティングされ、機能していたりする。この認知的フレーミングが発動するプロセスと密接に関連するのが、ヒギンス(Higgins, 1998)が提唱した制御焦点理論である(第113回を参照)。何らかの課題遂行に臨む際に、その目標を自分で設定する場合、(1)ポジティブな結果を得ることに関心が焦点づけられ、夢や進歩を指向する場合と、(2)ネガティブな結果を避けることに関心が焦点づけられ、義務や安全を指向する場合の、ふた通りがある。前者は促進焦点、後者は予防焦点と呼ばれている。

 もちろん、だれでもが促進方向にも予防方向にも焦点づけられる可能性がある。人によってどちらかにバランスが傾いている性格特性的な側面もみられるが、やはりそのバランスは状況によって強い影響を受ける。例えば、常に目標達成の程度や業績の責任を厳しく問われる職務環境のもとでは、失敗しないようにしっかりと義務を果たし十全に仕事をやり遂げようとする予防焦点の方に、だれしも重心が傾くものである。逆に、結果の責任についてはあまり気にしなくても良い職務環境のもとでは、思い切って新しいことにも挑戦して、失敗を恐れずより質の高い仕事をやり遂げようとする促進焦点の方に重心が傾くものである。

 新規な取り組みに挑戦する動機づけを高めるには、ポジティブなフレーミングで物事に取り組めるように制御焦点を促進方向へと調整することが大事になってくる。そのためには失敗を恐れないで済む職務環境が鍵を握る。もちろん、職務を十全に成し遂げることは当然の責務である。問題は、そのことばかりに関心の焦点づけがなされてしまうことで、失敗を忌避する行動が促進され、失敗を恐れず挑戦する動機づけの方は弱体化してしまうことである。

 このコラム132回で指摘したことを改めて述べるが、この問題を克服する道筋としては、「一人の失敗はみんなの学習のチャンスである」というフレーミングの設定が考えられる。失敗はだれもがしたくないものであるが、その失敗から学びながらだれもが成長していく。組織では、その学びを一人の経験の中に閉じ込めるのではなく、みんなで学ぶ機会としようというわけである。このことによって、「失敗=忌避すべきもの」というフレーミングから「失敗=学び成長する糧」というフレーミングにシフトし、失敗を恐れるばかりで新しい取り組みに挑戦をためらっている状態から、思い切って挑戦していく状態へと転換することが期待できる。

 その起点となるのは、管理職・リーダーによるフレーミング・シフトと制御焦点の調整の働きかけであると考えられる。「心理的安全性」を提唱するエドモンドソンは、失敗から学ぶ組織づくりの革新は、この点にあることを指摘している。管理職・リーダーとして部下に失敗を恐れるなと言うことは勇気が必要だろう。しかし、社会や組織の活気に陰りがみえている今、その苦境を反転させ、活性化へと導く鍵は、失敗を忌避したり叱責したりするのではなく、むしろ歓迎するフレーミングへと導くリーダーシップにあるという視点は、今後重視すべきアプローチと言えるだろう。

【引用文献】
Higgins, E. T. (1998). Promotion and prevention: Regulatory focus as a motivational principle. Advances in experimental social psychology, 30, 1-46.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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