第84回 多様な意見が飛び交う社会や組織を築く鍵(2)-「心理的安全(psychological safety)」を高める方策-

2017.07.18 山口 裕幸 先生

 今回は、組織において、人々がお互いにとって関連のある考えや感情について気兼ねなく発言できる「心理的安全(psychological safety)」は、どうすれば構築することができるか考えてみたい。ただ、その前に、そもそも心理的安全の構築を必要とする組織はどのくらいあるのだろうか。もしほとんどの組織で心理的安全が十分に確保されているというのであれば、その構築方策を検討することは、僭越で余計なおせっかいということになってしまう。心理的安全の構築方策について論じる意味は果たしてあるのだろうか。

 この点に関して、ハーヴァード大学のビジネススクールで8週間にわたって開講された「一般管理プログラム(general management program)」の修了生225人(春期100人、秋期125人)を対象にした調査結果(Garvin, Edmondson, & Gino, 2008)が参考になる。この調査に回答した修了生は、世界各国の様々な産業組織で上級管理者を務める人たちであった。彼らは、心理的安全をはじめとする組織学習に影響を及ぼす各種要因について、自分が務める組織の実態評価を行う調査票に回答したのである。

 心理的安全に関しては、最適レベルが100となる評価スケールでみたとき、回答の中央値が76という結果が得られた。この結果は、回答者の多くが、自分が務める組織の心理的安全のレベルは、チームワークと組織学習に最適なレベルには達していないと考えていたことを示している。憶測も混じるが、ハーヴァード大学のビジネススクールで8週間にわたる教育プログラムを受講するために上級管理者を派遣できる組織は、業績的にはかなりの優良な組織であり、備えるべき各種要件を十分に備えた組織であろうことを考えると、世界各国のほとんどの組織における心理的安全は、必ずしも最適レベルに達してはいない可能性が高いと考えてよさそうである。

 ではどのような取り組みが、職場の心理的安全を高めることにつながるのであろうか。多様な取り組みの必要性が考えられる中で,前回紹介したエドモンドソン(2012)は、管理職をはじめとするリーダーの行動の重要性を強調している。リーダー行動に求められる要素として多様な事柄が指摘されているが、リーダーの立場になったとき、つい忘れてしまいがちなことで、注意しておくと良いことがいくつかあげられている。

 それは、「現在持っている知識の限界を認めること」であったり「自分もよく間違うことを積極的に示すこと」であったり、「失敗は学習する機会であることを強調すること」であったりする。すなわち、リーダーとはいえ、確実に正しい答えを知っているわけではないし、間違うこともしばしばあることを認めることで、失敗に対する寛容な姿勢を示すとともに、失敗から学ぶことを重視する姿勢を示すことが大事だというのである。そうすることで、メンバーも叱責されることを恐れることなく、積極的に意見を述べることや、率直な報告を行うことができるようになると、エドモンドソンは指摘している。

 この他にも、メンバーがリーダーに直接話しかけることができる環境を整えることや、意見交換に参加するようにメンバーに促すこと、比喩や抽象的な言葉よりもできるだけ具体的な言葉を使って提案や意見を言うこと、なども重要だと指摘している。

 エドモンドソンの主張の面白いところは、一見逆説的な要素も指摘しているところである。例えば、「どんな行為が非難に値するのかできる限り明確にすること」をリーダーがとるべき重要な要素にあげている。なんでもかんでも寛容に許容されるわけではなく、許容される行為と許容されない行為との境界線を明確にしておくということである。あわせて、その境界線を越えて許容されない行為をとることに対してはメンバーに責任を負わせることの大切さも指摘している。これは、許容されない行為が生まれる場合もあるかもしれないが、そのときは公正に厳正に対処されることを示すということである。失敗に対して寛容であることと同時に、許容範囲の境界が明確で、それを超えた場合には公正に対処されることがリーダーによって示されることによって、心理的安全が守られ、メンバーは節度を持って積極的に発言できるようになる、というのである。

 現実のリーダー行動は、上記の行動とは逆のことも多いように思われる。リーダーであるがゆえに、自分はより多くのことを知っているし、広い視野で考えていると言いたくなるものだろう。もちろん、自分の失敗は認めたくないし、メンバーの失敗は責めたくなることも多いだろう。許容されるか否かの境界を明らかにすることも難しいことが多く、ケース・バイ・ケースにして曖昧にしておく方が楽だろう。それが素朴な人間の心理だと思う。

 エドモンドソンの指摘は、そうした素朴で人間くさい自己保身的な対応から、一歩踏み出して、メンバーみんなで気兼ねなく意見を出し合い、職場集団をチームとして機能させていくためのリーダーの行動指針を示したものといえそうだ。そして、このリーダー行動は、心理的安全はもちろんのこと、職場集団を学習する組織として発展させていくために、重要な要素の構築にもつながることが期待される。次回は、心理的安全の他にも、職場集団がチームとして機能するために重要な要素について考えていくことにしたい。

【引用文献】
◆ Edmondson, A. C. (2012). Teaming: How organizations learn, innovate, and compete in the knowledge economy. San Francisco: John Wiley & Sons.(Edmonson, A. C., & 野津智子. (2014). チームが機能するとはどういうことか. 英知出版)
◆ Garvin, D. A., Edmondson, A. C., & Gino, F. (2008). Is yours a learning organization?. Harvard Business Review, 86(3), 109-116.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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