第133回 社会心理学的視点で社会と組織の活力の源泉を考える 4 ~組織における「常識・当たり前」を考え直してみる~

2021.12.24 山口 裕幸(九州大学 教授)

 どんな組織でも、その発展の一時期には、失敗するリスクを恐れ、新しい取り組みに挑戦をためらう停滞期に入るときもある。その停滞状態から思い切って挑戦していく状態へと転換するには、「失敗=忌避すべきもの」というネガティブ・フレーミングから「失敗=学び成長する糧」というポジティブ・フレーミングへのシフトがカギを握ることについて前回は論じた。

 そうした議論から、具体的なフレーミング・シフト戦略の検討に考えを進めていくとき、心理学的視点に立つと取り組みがいのある課題が浮上してくる。前回はフレーミング・シフトの旗振り役・率先垂範役としてチームのリーダー・管理職のリーダーシップに期待がかかることを指摘した。では、チームのリーダー・管理職の役割を任されている人は、どのようなことに気をつけて日々の職務生活を送ればいいのだろうか。

 フレーミング・シフトは、我々が日常よく使う表現では、「ものの見方を変える」という行為になるだろう。このとき、気をつけてやってみると面白いのが、組織やチームにおいて「常識」となっている考え方や「当たり前」と思われていることに注目してみて、それらについて捉え直し、考え直してみることである。

 例えば、昨今、経済学や経営学で注目を集めている脱成長論(ラトゥーシュ,2010,2020;斎藤,2020等)は、社会・組織が将来にわたって存続し発展していくには経済成長が不可欠であるという「常識」に疑問を投げかけるものである。同じように資本主義の限界あるいは終焉を指摘する見解も注目を集めている(ガブリエル 他,2021;ヘンダーソン,2020等)。もちろん、これらの視点が必ず正しいとは限らないが、根拠を示しながら論理的な主張が展開されており、知的刺激も強く、多様な議論を巻き起こすことになっている。そうした議論から新しい社会のあり方、組織経営のあり方への挑戦が生まれてくる可能性もあるだろう。

 ここでのポイントは、自分(たち)が「当たり前」だと思い「常識」だと信じていることがらにも、他の異なる見方や考え方がありうるということである。それこそ「当たり前のことを言うな」と叱られそうだが、難しいのは、「当たり前のこと」や「常識」と思っていることがらは、普段は意識の奥深く潜在していて、いちいち明確に意識されることはないことである。無自覚ではあるが、いや、むしろ無自覚であるからこそ、日常の我々の行動や判断に、この「常識」や「当たり前のこと」と思っていることは色濃く反映されることになる。

 自分(たち)が無自覚のうちに心の奥深く抱いている「当たり前のこと」や「常識」に気づくには、「意外なこと」とか「非常識」と感じることがらに出会うことが大事なきっかけになる。自分(たち)が保持してきている「当たり前」や「常識」の考え方は、現在のフレーミングの基盤になっている。「意外なこと」とか「非常識」と感じることがらに出会うことで、現在のフレーミングを明瞭に認知できる可能性が高い。そのとき、それがネガティブなものであれば、ポジティブなフレーミングへのシフトを試みる機会となる。

 大事になるのは、「意外なこと」とか「非常識」と感じることがらに出会うためには、多様な意見、考え方をハナから拒絶することなく、「なになに?」と興味を持って聞くことだ。しかし、そのこと自体、決して容易なことではない。というのも、今まで自分が保持してきたものとは異なる見方や考え方に接すると、人間は、基本的に違和感のみならず反発を覚え、排斥すらしがちである。また、今までの考え方や見方に拘泥してしまうこともある。

 冒頭に、具体的なフレーミング・シフト戦略の検討に考えを進めていくと心理学的に難しい課題が浮上すると書いたのは、この新しい見方・考え方への反発や、今までの見方・考え方への拘泥は、無自覚のうちに自動的に発動されてしまう性質があるからである。この新しい見方・考え方の受容と、新たな挑戦の心理・行動が生まれる過程に関しては、我が国の「ガラパゴス化」と称される社会現象との関連も深い。次回、日本人が共有する心の奥深く潜在するメンタリティーの特徴との関連も視野に入れながら、さらにフレーミング・シフトの実践方略について考えていきたい。

【引用文献】
◆ 斎藤幸平 (2020). 『人新世の 「資本論」』 集英社
◆ ラトゥーシュ・S (2010). 『経済成長なき社会発展は可能か?―〈脱成長〉と〈ポスト開発〉の経済学』 作品社
◆ ラトゥーシュ・S (2020). 『脱成長』 白水社
◆ ガブリエル・M,ホネット・A, 他(2021). 『資本主義と危機―世界の知識人からの警告』 岩波書店
◆ ヘンダーソン・R (2020). 『資本主義の再構築―公正で持続可能な世界をどう実現するか』 日本経済新聞出版

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