第115回 職場の雑談やおしゃべりがもたらすメリットとデメリット

2020.06.30 山口 裕幸 先生

 職務遂行中のおしゃべりは、組織ではあまり歓迎されるものではないだろう。管理職やリーダーの立場になれば「口ばっかり動かしてないで、もっと仕事に集中しなさい」と小言のひとつも言いたくなるのは、やむを得ないところかもしれない。ただ、円滑な職務遂行を阻害して効率を低下させる可能性は否定できないが、職場の雑談やおしゃべりは、他の側面では様々なメリットもありそうである。在宅勤務やオンライン・ミーティングの広がりと浸透が、多くの人々の働き方を変え始めている現在、組織のイノベーションや持続可能性を組織心理学的視点で捉えたときに、職場の雑談やおしゃべりが組織にもたらす影響を、メリットとデメリットの両面で検討してみたい。

 まず、メリットについて考えてみよう。日本の組織とそこで働く人々の優れているところは正確な仕事ぶりにあると言って良いだろう。顧客や社会からの依頼や要望に応えるべく、誠実に仕事を進める態度と能力は日本の組織力の根幹をなすものであろう。反面、旧来の規範や仕事の仕方を変革することや、創造的な発想に基づく挑戦的姿勢には物足りなさがあることは、克服すべき課題として長きにわたって指摘されてきた。

 こうした課題が克服されないまま時が流れてしまっている理由は多様に考えられるが、その一因として、職場では、組織の利益を確保するために人的資源をできるだけ削減し人件費を抑えようとする傾向が続いており、その結果、時間的なゆとりや職務遂行能力のゆとりが失われてしまっていることがあげられるだろう。そうしたゆとりの少ない職務環境のもとであっても、当然のことのごとく、働く人々は組織目標の達成のために与えられた職責を全うすることを求められる。その結果、心のゆとりまでも失ってしまい、日々の仕事を失敗することなくやり終えることに汲々とする態度が醸成されてしまうのは、心情的にも論理的にもわかるところである。日本で「指示待ち」姿勢の社員の多さが繰り返し指摘されることは、このような職場の実情を反映していると捉えることができるだろう。

 このようなゆとりを失うことで生じる問題は、組織心理学的には、古川(1990)が指摘する集団硬直化の表れと捉えることができる。すなわち、形成後、時間の経過と共に成功経験を蓄積し、能力を発揮し、優れた成果をあげてきた集団ほど、このまま右肩上がりに将来にわたって優れた成果をあげ続けることができると思い込みがちである。そして、業績が下がり始めても、過去の成功経験を思い起こし、同じようにやっていけば、必ず回復できると信じたがる。新しいことに挑戦することは、成功の見込みが不確かでリスクが高いように感じてしまいためらいがちになる。外部の環境の変化のようすよりも、内部の人間関係や人事の方に関心が向かいがちで、社会の変化に取り残されてしまうことになる。変革や挑戦よりも現状維持を選択することで、まさにガラパゴス化してしまうのである。

 こうした状態を脱却するには、硬直化している組織の規範やメンバーの思考パターンを壊して、作り直してみることが大事である。そのためには、メンバーが思うことを忌憚なく発言できる職場作りが鍵を握っている。トップダウンで忌憚なく意見を述べることを推奨する取り組みは重要である。しかし、硬直化している組織ほど、メンバーは組織の既存の規範や文化に思考と行動を縛られていて、率直に発言しろと言われても身構え、ためらってしまうことの方が多い。

 この心理的な壁を壊して取り払うには、トップダウンの働きかけに加えて、メンバー間の日頃のコミュニケーションを活性化することが大事である。このとき、フォーマルな会議や打合せの機会を増やすこと以上に、メンバーが自分の日常の素朴な思いを話し、聞いてもらえる機会を増やすことが大切になってくる。このコラムでも紹介してきたダイアローグや、リーダーとのワン・オン・ワンの対話の機会を設けることは、具体的な取り組みとして参考になる(89回109回を参照)。

 もっと砕けたアプローチをとるなら、メンバー同士でおしゃべりする機会や時間を確保することも有望な選択肢に入ってくるだろう。同じ職種の2つの職場におけるメンバー同士のコミュニケーション行動の様子を測定したところ、インフォーマルな対話を行う場所と機会を確保している職場の方が優れた業績をあげていることが実証研究によって明らかにされている(渡邊ら、2013)。この結果は、職場のおしゃべりは、職務遂行を阻害するというよりも、仕事への動機づけを高めて高業績へと導く可能性を秘めていることを示唆している。

 在宅勤務やオンライン・ミーティングの拡大・浸透等によって、職場のデジタル・オフィス化が進んでも、そこで働くメンバーたちの相互理解と相互支援なしには、組織目標の達成はおぼつかないことは確かであろう。職場のチームワークの質を落とすことのないように、またメンバーが孤独感や孤立する不安に苦しむことのないように、職場のデジタル化が進む今こそ、おしゃべりの機会と時間を確保するマネジメントの工夫が重要だといえるだろう。そのとき、おしゃべりのメリットだけでなく、伴うデメリットを克服する視点も忘れてはいけない。次回も、今回同様の視点から、デジタル化が進む職場をより働きやすく成果のあがるものとする手立てについて考えて行くことにしたい。

【引用文献】
渡邊純一郎・藤田真理奈・矢野和男・金坂秀雄・長谷川智之. (2013). コールセンタにおける職場の活発度が生産性に与える影響の定量評価. 情報処理学会論文誌, 54(4), 1470-1479.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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