第116回 デジタル化が進む職場コミュニケーションとどう向き合うか ~バーチャル・チームの実情に注目しながら~

2020.07.30 山口 裕幸 先生

 もともとEメールや組織内クラウド・システムの活用等、職場の情報交換の手段はデジタル化が進んできた。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、一気に浸透の度合いを深めてきたリモートワーク、オンライン会議の活用は、職場コミュニケーションのデジタル化をさらに強力に推し進めることになっているといえるだろう。

 非常事態宣言解除以降は、かつてのように職場に出社する形態が復活しつつある。とはいえ、毎日出社しなくても支障なく仕事を進められることも多い事実が認識され、会議室に集まらなくても、時刻を定めておけば、メンバー各自がその時にいる場所から会議に出席できる効率性が理解されてきて、今後も職場コミュニケーションのデジタル化は一層加速していくことが確実視される。

 職場コミュニケーションのデジタル化はこれまでも組織に多様な変化をもたらしてきた。その中で、チーム活動に創造的変革を惹起したといえるのが、バーチャル・チーム(コンピュータ・ネットワーク上に存在するチーム)だろう。1980年代くらいから、グローバル企業を中心に、国際的なプロジェクトを成功させるために、世界各地の支社・支店からメンバーをピックアップしてタスクフォースを結成し、事業を推進する態勢をとるところが出てきた。現在では、バーチャル・チームはグローバル企業のみならず、様々な組織で採用されるようになっている。

 バーチャル・チームは多様なメンバーで構成されることが一般的である。文化や社会的価値観が異なる者たちのコミュニケーションには、言い争いや誤解といったコンフリクトの発生は日常茶飯事的につきまとう。職場コミュニケーションのデジタル化の発展は、バーチャリティの高まりを意味するとともに、メンバーの考え方や感じ方の違いによって生じるコンフリクトと上手に向き合う必要が高まることを意味する。ひと言でコンフリクトと表現されるが、その本質はどんなところにあるのだろうか。

 バーチャリティとのつきあい方の難しさについては、IT企業役員とタレント業を両立させている芸名・厚切りジェイソン氏が、アメリカとインド、ヨーロッパをつないだバーチャル・チームの形態でビジネス活動をした経験に基づきながら、「よろしくね!」が通用しないという指摘をしていることが参考になる(https://news.yahoo.co.jp/byline/nakanishimasao/20200719-00188847/)。彼は、同じ国、文化のもとで、類似した育ち方をしてきた人々が、同じ職場で日々の作業を一緒にやっていれば、細かいところは「よろしくね!」で通じることが多くなると述べている。ところが、バーチャル・チームとなると、それは通用しなくなり、全てを具体的に指示する必要性があると指摘している。その必要性は、全てを具体的に指示することを当たり前のことにしてしまうだろう。

 さらに彼の指摘で興味深いのは、日本人のコミュニケーションの特質についてである。彼の実感として、日本人のコミュニケーションには、「そこまで細かく言わなくても、なんとなくわかるだろう」という空気が非常に強く感じられるというのである。日本文化の特徴として、一期一会の概念が継承されていることや惻隠の情を重んじることが美徳とされることがあげられることは多く、彼の指摘は的を射たものだといえるだろう。

 これらの指摘に基づいて考えると、これまでのように職場に出社して、働く場を具体的に共有しながら活動してきたチームならば、ましてや日本人どうしで編成されたチームであれば、「よろしくね!」で済んだことが、職場コミュニケーションのデジタル化がさらに進むことで、それでは済まなくなることを意味する。職場のコミュニケーションがデジタル化して、チームのバーチャリティが高まることで引き起こされるコンフリクトの本質は、この点にあるだろう。

 具体的に仕事の進め方や手順を理解し、メンバーで共有しておくことは、チームで職務に取り組む際、最も大切な課題のひとつである。ただ、日々、職場で一緒に仕事をしていれば、自然と手順や工程の進め方だけでなく、考え方や判断の仕方、行動の取り方まで、メンバー同士でなんとなく推察できるようになる。表情やしぐさ、身振り、雰囲気まですべてのコミュニケーション・チャネルを通じてやりとりができる対面状況は、「よろしくね!」を成立しやすくしてくれる環境なのである。

 職場コミュニケーションのデジタル化促進は、具体的で詳細な手順や工程の進め方を伝える苦労を厭わなければ、日本各地どころか世界各地に散らばるメンバーから、多種多様なアイディアや報告が届いて、創造的でハイレベルの組織業績につながることは、厚切りジェイソン氏も実体験として述べている。しかし、あうんの呼吸や共感的推測、が成り立たないこと、すなわち「よろしくね!」では済まないことは、職場コミュニケーションに費やすコスト、労力を莫大なものにする危険性を秘めている。また、メンバーがチームの一員として働く意識よりも、指示を守って個人の職責を果たす意識の方を強化する可能性も考慮する必要がある。

 とすれば、デジタル化が進む職場コミュニケーションにおいても、メンバー同士のメンタルモデルの共有化を図り、組織やチームの一員としてのアイデンティティを高める工夫が大切になってくる。前回取り上げた、おしゃべりや対話の機会を増やす工夫がそれである。それが大事だと納得していれば、工夫の手立ては様々にあるようである。筆者もオンライン飲み会など、誘われるまで想像もできなかったが、なるほどその手もあるかとうなずいた次第である。コミュニケーションのデジタル化を、職務遂行の効率化のみに活用する枠組みで考えるのではなく、人と人との素朴な交流を深める方法を工夫する枠組みでも考えてみることが、これからはことさらに大事になってくるように思われる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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