第33回 チーム力、組織力とは何かについて考える(8)-"急がば回れ"のミッション共有戦略-

2013.03.12 山口 裕幸 先生

 組織がプロアクティブに活動していくために鍵を握る「ミッションの共有」とは、いかなる取り組みによって実現されるのか考えている。前回指摘したように、管理者が会議を開いてミッションを伝達するだけでは、必ずしもうまくいかない。メンバーは表層的には、その情報を理解したとしても、いざ、その情報を活用しようとする段階では生かし切れないもので、あくまでも以前から自分が保持してきた情報に基づいた判断をしてしまいがちなのである。この心理メカニズムは「調整と係留のヒューリスティック」と呼ばれ、無自覚の内に自動的に働いてしまうのでやっかいである。 つまるところ、このヒューリスティックを超えて、いざというときにもミッションを念頭においた判断と行動がとれるようにする工夫を凝らした取り組みが必要になる、というわけである。さて、どんな手だてがあるのだろうか。

 地震発生のような緊急場面に直面して、我々は「真っ先に」何を思い浮かべるだろうか。とにかく逃げなくちゃということかもしれないが、それだけでなく、子どもの頃から繰り返し避難訓練で培ってきた対応である「机やテーブルの下に入って落下物から頭と体を守る」という行動パターンが真っ先に浮かぶ人も少なくないだろう。とっさの場面や、何気なく遭遇した場面で、思い浮かべるイメージはメンタルモデルと呼ばれるもので、誰もが多種多様に備えている。

 仕事をしているとき、とっさの場面で、あるいは何気ない場面で、真っ先に何を考えて行動するかは、仕事に関してどのようなメンタルモデルを持っているかが、非常に大きな影響をもたらす。ミッションを色濃く反映したメンタルモデルを作り上げている人は、仕事をする様々な局面で、いつもミッションを意識した判断や行動をとるようになる。職場のだれもが、直面する状況で、ミッションを反映したメンタルモデルに基づいて判断し、行動することができるとき、ミッションは共有されたレベルにあることになる。

 そうしたメンタルモデルの共有状態を作り上げるには、残念ながら時間がかかる。お互いが感じ、思い、考えていることを、職場のメンバーどうしで伝え合い、質問をしあったり、意見を言い合ったりする中で、時間をかけて共有のプロセスは進む。進歩し続けるICT(情報コミュニケーション技術)を駆使して、パソコンや携帯電話、スマートフォンやタブレット端末を利用することで、少しは促成栽培できるのかもしれない。しかし、対面しながらのコミュニケーションを多く交わすことにはかなわないと思われる。雰囲気や気分など、直接対面しているからこそ伝わる特性は、お互いのメンタルモデルをシンクロ(synchronize;同期)させるうえで決定的な役割を果たす。 とりわけ、会議のようなフォーマルな場でのコミュニケーションは、表層的な態度の交流に終わりがちで、メンタルモデルの共有までには、かなりの時間を要することになってしまう。皮肉な感じもするが、このコラムの31回でも紹介したダイアローグに代表されるような、ゆったりとしたインフォーマルなコミュニケーションの方が、メンタルモデルの共有には有効であることが近年報告されるようになってきている。急がば回れ、というわけだ。

 最近オランダに遊学して帰国されたある先生から聞いた話では、ある企業では、週に3日ほど、職場のメンバーで朝食を一緒にとるようにしたところ、仕事の効率があがり、定時終業できるようになり、業績もあがってきたとのことであった。朝食は、経営者が負担し、社員は職場で朝食を取りながら、自分の仕事の進み具合はもちろんのこと、家庭や友人、社会情勢や趣味など、自由に発言しあう。全員が何かしら発言することが大事なのだそうだ。ついつい「自分の仕事さえしっかりやっておけば、あとは関係ない」と、自己中心的になりがちな仕事の場だが、朝食を一緒に取りながら、他のメンバーと意見交換し、視野を広げながら、仕事に関するメンタルモデルの共有が進むのだという。世界でも最も個人主義的傾向の強い国として知られるオランダにおいて、こうしたダイアローグの取り組みが、組織で共通したメンタルモデルに基づいて仕事を進めるのに役立っている様子は興味深い。

 わが国でも、かつては「飲みニケーション」などと称して、終業後に、酒を酌み交わしつつ、インフォーマルに多様な意見交換を行うのが常態化していたが、近年は、そうした場は少なくなっている。先輩が後輩の相談に乗り、ときに慰め、ときに叱咤激励することで、職場の一体感が醸成されていたように思う。もちろん、あまりに職場に密着した人間関係には一定の問題があるのは確かであろう。しかし、その結果、メンバー間のコミュニケーションが衰退することは、ミッションの実現に向けて、心と力をあわせて取り組むことを難しくしてしまう。

 予期しない変化や障害に直面しても、そこであきらめてしまうのではなく、あくまでもミッションの達成に向けて気持ちと行動を立て直し、レジリエンスを発揮するには、プロアクティブな判断と行動の指針を組織に作り上げることが肝心である。そのためには、オランダの例を参考にするなどして、ダイアローグの機会を作り、対面コミュニケーションを盛んにして、時間をかけてミッションを反映した共有メンタルモデルの構築を目指す取り組みが必要であると考えられる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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