第80回 自国中心主義の行きつく果て:「意図せざる結果」としての共貧

2017.03.21 山口 裕幸 先生

 世界的には、自国第一主義が声高に叫ばれ、支持を集める傾向が強まっているといえるだろう。イギリスのEU離脱を決めた国民投票の結果、アメリカ大統領戦でのトランプ氏の勝利は、それを象徴する出来事といえる。オランダ下院選挙においても極右政党の自由党が第一党に躍進するのではないかと注目されていたが、こちらはそれほどの勢いを示す結果にはならなかった。とはいえ、今後もフランス大統領選やドイツ連邦議会選挙が控えており、自国第一主義を標榜する政治家や政党にどれほどの支持が集まるのか気になるところである。

 自国第一主義のどこが問題なのか?という疑問を感じる人もいることだろう。どの国も自国民が納付する血税によって営まれているのであって、自国の利益を最優先に考えることは至極まっとうなことだといえるだろう。しかしながら、トランプ大統領の主張にしばしば登場する「アメリカ人の雇用を守るために、日本の自動車会社はアメリカに工場を造るべきだ」という意見を聞くと、なんとなく「なぜ日本の企業がアメリカ人のために工場を造る必要があるのだろうか?」と感じてしまう。そして、「そっちがアメリカ第一主義なら、こっちも日本第一主義に徹するまでだ!」といった感情の方が先走ってしまうことさえあるだろう。

 「自分のためにあなたが協力(貢献)すべきだ」と、お互いが言い始めると、なんともどぎついやりとりになってしまう。単に雰囲気がどぎついものになるだけでなく、お互いが損をして、最後には「共貧」という「意図せざる結果」に行きつく可能性が非常に高いのである。このことは本コラム第43回で紹介した「囚人のディレンマ」の論理を、個人対個人から国家対国家に置き換えて考えてみることで理解できるだろう。

 「囚人のディレンマ」は、1対1の個人どうしが、競争(利己的行動選択)と協同(相互の利益を考慮した行動選択)のどちらを選択するのかを検討するのにすぐれたゲーム・シミュレーションである。よほどの信頼関係がないと、どうしても人間は自己利益を優先する行動、すなわち競争を選択してしまいがちなのだが、お互いが競争を選択すると、結局のところ、お互いに協力し合うよりも互いが損をしてしまう状況に陥るのである。

 しかし、それはゲーム理論的にそのように設定されているからであって、設定はいくらでも多様に存在しうるはずだという意見もあるかもしれない。そこでもうひとつ「共有地(コモンズ)の悲劇」の例も紹介しておこう。これはアメリカの生物学者ハーディン(Hardin, 1968)が指摘した現象で、この指摘は社会学や経済学にも大きな影響を及ぼしている。

 牧草地の周辺に複数の酪農家が羊を飼っていたとしよう。この牧草地はオープンアクセスの共有地であって、どの酪農家も自分の羊を連れていって、その牧草を食べさせることができる。酪農家としては、自分の飼う羊を増やしたいので、共有地の牧草をどんどん食べさせることになる。遠慮していると他の酪農家がその羊たちに共有地の牧草を食べさせてしまうため、どの酪農家も競って共有地の牧草を自分の羊に食べさせることになる。その結果、牧草は根こそぎ羊たちに食べ尽くされてしまい、共有地は草ひとつ生えない荒れ地に変わってしまう。それまで共有地の牧草を食べさせることで羊を飼っていた酪農家たちは、自前で牧草を育て、食べさせていかねばならず、結果的に全ての酪農家は被害を受けることになってしまう。

 天然資源の枯渇、地球温暖化などの現象も、根底には互いが自己利益を追求し、競争する心理が重要な役割を果たしている。「国富論」の中でアダム・スミスが論じたように、個々人の競争は、それが市場経済という枠組みの中では、「見えざる手」によって社会全体の利益となる望ましい状況を生み出すこともあるだろう。しかし、なんらの手だてもないままに互いが自己利益の主張と追求に走れば、「共有地の悲劇」につながる可能性があることは常に気にかけておきたい。

 我々の祖先は、互いが利己的に振る舞うことで生じる「損」には敏感に気づいていたのだろうと考えられる。「情けは人のためならず」ということばが継承されてきた背景には、情けをかけて人助けをすること、自分には得はなくてもみんなに協力することは、そのときだけ考えれば損なのかもしれないが、巡りめぐって将来には自分が助けて貰う「得」にもつながる、という先人たちの現実的な智恵が込められているように思う。自国の利益のためにも、他の国々との協力関係を大切に育んでいく協同の心がけは不可欠なものだといえるだろう。

引用文献
Hardin, G. (2009). The Tragedy of the Commons*. Journal of Natural Resources Policy Research, 1(3), 243-253.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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