第27回 チーム力、組織力とは何かについて考える(2)-レジリエンスを高める組織マネジメント①-
2012.09.18 山口 裕幸 先生
先行きが不透明で、これまで通用してきた「成功の方程式」も「黄金律」も、なかなか期待するほどにはうまくいかないことが増えてきた。想定外のトラブルや失敗にがっかりして、気分が落ち込むことも少なくないと感じている人も多いだろう。ただ、そこで立ち止まってうずくまってしまったのでは、我々の未来は開けてこない。なんとかまた立ち直ろうと、誰もが気力を奮い立たせるものである。
前回から取り上げているレジリエンスは、心理学では、そうした精神的に落ち込んだ状態から元の状態に復活させる精神的復元力を主として意味することばである。いかにすれば、レジリエンスを高めることができるのだろうか。このコラムでは、現在、チーム力や組織力について考えている。そのテーマに合わせて、ここでは、まず組織レベルのレジリエンスを高めるマネジメントについて考えていくことにしたい。前回も指摘したように、組織のレジリエンスというと、安全工学や人間工学を中心に、災害や事故にあったときに、被害をできるだけ小さくくい止め、安全な状態を回復する行動を意味することが多いが、今回は、その基盤となる精神的な復元力に焦点を当てながら考えていく。
組織のレジリエンスは、たくさんのメンバーが一緒に仕事をしながら醸し出す「組織の全体的な心理特性」であるといえる。そのため、様々な要因によって大きく変動する。人の集まりというものは、それを構成する一人ひとりが感じていることや思っていることを、より強いものに増幅するアンプリファーの役割を果たすことが多い。最初は整然とデモを行っていた群衆が、あるきっかけから暴徒化する現象や、類似した意見を持つ人々が集まって話し合いをすると、その意見をより極端に尖鋭化させた結論が導かれる「集団極化現象(group polarization)」などは、集団のそうしたアンプリファー機能を示す典型的な例である。
したがって、想定外のトラブルや失敗によって生まれる気分の落ち込みは、職場の仲間たちと一緒にいることで、さらに大きくなる可能性がある。みんなの気持ちが一斉に落ち込んでしまうと、互いにその落ち込みを強め合ってしまう「負のスパイラル」とも呼べる状態が生まれて、個々の精神的な落ち込みよりもさらに厳しい落ち込み状態が組織には生まれてしまうのである。
しかし、逆に「落ち込んでばかりもいられない。こんな逆境にくじけてなるものか」という気持ちを奮い起こせるメンバーがいれば、上述の「負のスパイラル」に歯止めをかけることが可能になる。復活するぞという意気込みは、少なからず周囲の仲間たちの心に影響を与えるのである。このコラムの第1回で紹介したように、我々は他者からの影響を受けずにはいられないし、ほとんど無自覚のうちに他者の言動に関心を払ってしまう生き物である。組織の全体的な心理特性が、少しの刺激でダイナミックに変動する理由も、この人間の影響の受けやすさに起因している。
落ち込んだままの状態を好む人は少なく、気分とは別に理性の部分で「なんとかしなくては」と感じている。そんなときにレジリエンスを発揮する仲間がいることで、「よし!俺も」、「よし!私も」と思える人が周囲に生まれ、「負のスパイラル」を脱して、復活と上昇のスパイラルへと、そのチームや組織はレジリエンスを発揮する軌道に乗ることができるのである。
もちろん現実はそんなに簡単ではない。実際に想定外のトラブルに直面した組織では、全員一人残らず落ち込んでしまうことも珍しくはないであろうし、たとえ「さあ顔をあげてがんばろう!」と声をかけても誰も応えてくれないこともあるだろう。ここで肝要なのは、そうした沈滞した状態の中でも、へこたれずに復活に向かって「行動を起こす」ことのできる人がいることである。他者にがんばれと言うことよりも、自らがんばりを実践する姿こそが、周囲の仲間に勇気を与える源泉になる。
そんな復活・上昇のスパイラルの起点となるのが、高いレジリエンスを保持する人である。管理職がその人であれば一番都合はいいのかもしれないが、必ずしもそう限ったものでもない。みんなが落ち込んでいる状態は、視点を変えれば、皆がなんとか立ち直ろうと思っている「復活の前段階」でもある。そこにやる気の灯をともすことができるのであれば、職階は問題ではない。誰かがレジリエンスを発揮してくれることが大事だ。すなわち、組織のレジリエンスを高めるマネジメントの第一歩は、レジリエンスの高いメンバーを育むことにある。
とはいえ、レジリエンスの高いメンバーを育成しても、それを全体に広げ浸透させることも忘れてはならない。組織では、メンバーが交流しながら、規範あるいは文化と呼ばれるメンバーに共有された行動や判断のパターンあるいは価値観を作り上げていく。集団規範や組織文化の構築プロセスに、レジリエンスを共有する営みを取り入れることが、組織のレジリエンスを高めるマネジメントの中核を担っている。ここでは管理職のリーダーシップがものをいうことになる。また、レジリエンスは単に落ち込みから回復することのみでなく、事故発生時には、できるだけ損害を小さく抑え、安全を確保し、復旧を目指して的確な判断と行動をとれる力をも含むことがある。とすれば、レジリエンスを効果的に学習することのできる職務システムの工夫も大事になる。
前置きが長くなってしまったが、今回は、組織のレジリエンスを高めるマネジメントを考える際の基盤となることがらをふまえてきた。次回は、リーダーシップとレジリエンス学習の視点から、引き続き考えて行くことにしたい。
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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第16回 何気ない行動から人間の社会性と心理を解明する取り組み(4)-コミュニケーション行動研究の知見から②-
第15回 何気ない行動から人間の社会性と心理を解明する取り組み(3)-コミュニケーション行動研究の知見から①-
第14回 何気ない行動から人間の社会性と心理を解明する取り組み(2)-援助行動研究の知見から-
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