第139回 リーダーシップの社会心理学(3) 〜リーダーの影響力を育み強化する基盤について〜

2022.06.30 山口 裕幸(九州大学 教授)

 前回、リーダーシップの認知論的アプローチを概観しながら、部下や同僚からどのように認知され、評価されるのかによってリーダー(管理職)のリーダーシップ、すなわち影響力は違ってくることを論じた。では、リーダーの役割を果たすことを求められる立場になったら、一体、我々は、いかに振る舞い、何を身につけていけば良いのだろうか。

 もちろん、独りよがりの考えではうまくいかない。部下や同僚から、自分の言動や態度がどのように認知されるのか、という視点は大切に持っておく必要がある。ここでは「彼・彼女の言うこと、やることならば、一緒になってがんばろう」と部下や同僚に思わせるには、リーダーとしていかなる資源(≒武器)を持っているかという観点から考えていこう。

 組織の管理職は、リーダーとして部下を動かす必要に迫られることがある。そんなとき、一番使いやすい武器は、懲罰を与える権限や報酬を与える権限である。フレンチとレイブンによる影響力(power:勢力や権力と訳される)の源泉となる資源の分類(French & Raven 1959; Raven, 1965)でも、①強制勢力(coercive power)と②報酬勢力(reward power)の2つは影響力の中核をなすものとして指摘されている。ただ、気をつけておかねばならないのは、この2つの武器は、短期的な効果は発揮しても、長期にわたって使い続けていくことは難しいという点である。

 部下にしてみれば、懲罰を受けることは恐ろしいし、できるだけ避けたいことである。しかし、いつも懲罰への恐怖心を利用されて強制的に動かされることに対しては反発を覚えるようになる。その結果、懲罰の可能性がない場合には、意図的に怠けるようになったり、指示されたことしかやらなくなったりするようになりがちである。また、実際に懲罰を加えてしまうと、パワーハラスメントを犯すことにつながる可能性がある点でも注意が必要である。もちろん、恐怖を徹底して植えつけるやり方もあるだろうが、結局のところは長続きしないことは歴史が教えてくれる通りである。

 報酬については、受け取る側としては、同じものが続くと次第に魅力が薄れて感じられ、もっと魅力的で価値の高い報酬を期待するようになる傾向が見られる。そして、期待するほどの報酬が見込めないときには、指示されても熱心に従うことはなくなり、場合によってはやる気を失ってしまうこともある。報酬を与えることは、ときに本人が内発的に持っている動機づけを阻害する効果(アンダーマイニング効果)さえ伴うこともある。強制勢力や報酬勢力は、損得で人を動かす影響力であり、短期的には強力に作用するが、長期的観点に立てば、行使に当たっては慎重な配慮が必要である。

 フレンチとレイブンは、この他にも、③正当勢力(legitimate power:特定の役割についた人の指示は正当なもので、それに従うべきだという了解に基づいて働く勢力)、④専門勢力(expert power:特定の分野において専門的な知識、技能、能力を持つという認知に基づいて働く勢力)、⑤情報勢力(informational power:根拠のある信頼できる論拠を生成できる情報を持つことに基づいて働く影響力)、⑥準拠勢力(referent power:判断や選択に迷ったときにお手本として参照できる人であるという認識に基づいて働く影響力)を挙げており、影響力には全部で6つの基盤が存在することを示している。

 これらの中で、リーダーの影響力の基盤を考える視点から、特に注目されるのは、⑥の準拠勢力である。①の強制勢力、②の報酬勢力、さらには③正当勢力は、社会や組織における地位が与えてくれる基盤といえるだろう。また、④専門勢力や⑤情報勢力は経験や学習によって獲得しうる基盤といえるだろう。しかしながら、⑥準拠勢力は、部下や同僚が判断に迷う場面で、「こんなとき、彼・彼女であれば、どのように考え、判断し、行動するだろうか」と、自分のお手本として参照する存在として認識されることが、影響力の基盤となる。リーダーとしてこの基盤を身につけるためには、普段から、部下や同僚にとって理想的な判断や考え方、行動を実践していることが必要になる。準拠勢力は人間的魅力を基盤とする影響力だといえるだろう。

 先に紹介したように強制勢力や報酬勢力は、即効性はあっても長続きがしない特徴があった。正当勢力や専門勢力、情報勢力も、基本的にはその場限りの影響力となることが多い。それに対して、準拠勢力は、その基盤を作り上げるのには時間がかかる反面、一度できあがると長期的に作用する。現実の管理者は、即効性を求めて、つい強制勢力や報酬勢力、あるいは正当勢力や専門勢力に頼りがちになることが多いのが実情だろう。リーダーの影響力の基盤を育み強化する取り組みとしては、部下や同僚にとって参考になり、お手本となる考え方や判断、行動の取り方を身につけていくことが、最も大切なアプローチになることを再確認しておきたい。

 次回は、少し変わった視点から、「人脈」とリーダーの影響力の基盤の関係について考えていくことにしたい。

【引用文献】
French, J. R., Raven, B., & Cartwright, D. (1959). The bases of social power. Classics of organization theory, 7, 311-320.
Raven, B. H. (1965). Power and leadership. Current studies in social psychology, 371-382.
※先生のご所属は執筆当時のものです。

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