第149回 「日本的」な社会・集合現象について社会心理学的視点から考える(8) 〜「集団主義」的傾向のダークサイド、ブライトサイド〜

2023.5.9 山口 裕幸(九州大学 教授)

 日本チームの優勝で大いに盛り上がった野球の世界的祭典WBC(ワールドベースボールクラシック)だが、各国のプレーぶりに文化の違いが反映されていることに気づいた人も多かったのではないだろうか。印象に残るシーンは色々とたくさんあったが、準決勝進出がかかったイタリアとの対戦で、日本代表チームが思うような攻撃をできずに閉塞的な試合展開となっていた場面で、日本の主砲である大谷選手が見せたセーフティバントも、地味ではあったが非常に印象的なものであった。チームの勝利のためには個人的な活躍の欲や願望を抑えて、後続の選手たち皆に期待を繫いでいくことを大切にしている思いを体現した行動であったと思う。

 メンバー個々の利益や権利よりも集団全体の利益を優先する考え方は「集団主義(collectivism)」と呼ばれる。他方、集団全体の利益よりも、個人の利益や権利を優先すべきだとする考え方は「個人主義(individualism)」と呼ばれる。日本社会は、集団主義的傾向の強い社会だと指摘されることが多い。欧米のチームに比べて犠牲バントを多用することなど、日本野球で見られるプレーぶりに集団主義的傾向を垣間見ることは可能だろう。

 集団主義は、時折、集団全体のためには個人の利益や権利は犠牲にしてしまうことを看過したり容認したりする事態を引き起こすことがある。例えば、「会社人間」「企業戦士」「社畜」等と称される働く人たちの姿には、日本の組織における集団主義的傾向の強さを見て取ることができる。超過勤務、残業を強いられ、酷い場合には正当な報酬を得ることさえあきらめなければならないサービス残業が横行する職場が、全国に少なからず存在することは、繰り返し報告されてきた。「ブラック企業」という言葉さえ生まれている。

 こうした働く現場の惨状は、集団主義的な価値観が社会に浸透し、人々に共有されていることが発生の源にあると指摘する見解もある。働く人々(個人)自身も、自分が犠牲になるのは嫌なのだが、無自覚のうちに職場全体の利益を優先する考え方をしてしまい、「やむを得ない」とあきらめてしまっている側面もあるだろう。

 集団主義的傾向は、個人の利益や権利を抑圧するものとして、そのネガティブな影響が注目を集めてきた。個人の利益や権利は優先的に守られるべきだとする個人主義的傾向の強い欧米の文化圏では,集団主義的傾向への逆風は強いことが多い。確かに、上述した超過勤務の多い働き方をはじめとして、自己主張を我慢して周囲に同調することを選ばざるを得ない状況の多さ等、集団主義的傾向の影響に関しては、「生きづらさ」をもたらすダークサイドに注目が集まりがちである。

 しかし、進化論的に考えると、生き延びていくうえで適応価が高かった(生き延びる可能性を高めてくれた)からこそ、集団主義的傾向は今日まで廃れることなく脈々と受け継がれてきたといえるだろう。その事実は、集団主義的傾向がもたらす影響にもブライトサイトが存在することを示している。それは、どのようなものだろうか。

 例えば、皆が集団主義的傾向を持つことによって、社会や集団全体の安寧が維持されることで、結果的に、その構成員である個人たちも安定した生活を送ることができる安心感をもたらすことがあげられるだろう。集団を構成する周囲の人々(仲間たち)と協調的に繫がって、皆で少しずつ我慢して犠牲を負うことで、集団全体の利益を確保し、それによって個人の生命と生活を守る仕組みを作り上げることができるのである。この集団主義的傾向がもたらす影響のブライトサイドは、個人主義が優勢な欧米の人々も良く理解していて、そのメリットを享受する社会制度は多様に見られる。

 問題は、「集団全体の利益を確保するために個人が皆で少しずつ我慢して犠牲を負うこと」と「個人の利益や権利を守ること」のバランスの取り方なのだろう。前者を優先する集団主義的傾向は、集団を管理する立場の人間に、皆のために一人ひとりがその利益や権利を我慢するのは仕方のないことであり、当然のことであるという思いを抱かせてしまいやすい。それは、会社のために社員・従業員がサービス残業、超過勤務を引き受けるのはやむを得ないことだという言い訳へと繫がり、結局のところ、個人に過重な犠牲を強いる事態を引き起こしてしまう。集団主義的傾向を共有する社会では、その影響のダークサイドが目立ってしまうことが多いのも、このような連関があるからだろう。

 集団主義の持つ影響のブライトサイドを生かすには、個人に犠牲を強いるのではなく、集団の利益のために、皆で協調して少しずつ犠牲を払う主体的で前向きな行動を引き出す働きかけであろう。冒頭で紹介した大谷選手のセーフティバントは、後続の選手たちに、チームの勝利のために自分にできる形で貢献しようとする思いを喚起した可能性がある。野球やサッカー、ラグビー、ブラスバンドやオーケストラはもちろん、我々が働く様々な職場でも、主力として活躍できる人だけでなく、控えや裏方の仕事で全体を支える人々が力を尽くすことによって、全体は成功を勝ち得ることができている。

 職場のマネジメントは、地位や役割がもたらす権力によって社員・従業員に犠牲を強いる働きかけではなく、社員・従業員が皆で進んで全力を尽くす行動を引き出すことに焦点を当てた取り組みが大切である。具体的にはどのような取り組みが有効なのだろうか。昨今、サーバント・リーダーシップ、セキュアベース・リーダーシップ等、部下のやる気を引き出すリーダーシップが注目されてきている。次回は、部下目線でやる気を引き出すマネジメントについて議論することにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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