第159回 人手不足解消への道筋を考える(2)~高齢者を積極的に雇用するアプローチ~

2024.3.6 山口 裕幸(九州大学 教授)

 今回は、高齢者を積極的に活用するアプローチについて考えてみたい。筆者自身、近々定年退職する身であり、切実なリアリティを持つ話題である。それゆえ、ぼやきに近い記述が多くなるかもしれない。あらかじめお許しいただきたい。

 高齢者の積極的雇用は、少子化が進み労働人口が減少する社会問題の解消の一助として、政府が推進する国策といえる施策である。2021年4月から高齢者雇用安定法が改正され、事業主である組織や企業は、定年制度を廃止したり、定年を70歳まで引き上げたりすることに努めることが求められるようになっている。65歳超雇用推進助成金の制度も設けられ、実際に人手不足に苦しむ現場では、定年を迎えた高齢者を再雇用したり、新規の雇用対象に高齢者を含めたりする動きが起きている。企業や組織としては、できればフレッシュな若手を迎え入れたいところだが、高齢者の豊かなキャリアや経験、人脈を活かす可能性に期待し、深刻な人手不足を少しでも緩和するために導入を図っているといったところだろうか。

 他方、雇用される側に立てば状況の見えかたも違ってくる。定年後も働き続けることが当たり前になってきており、「老後の悠々自適な生活」は一部の富裕層にのみ許された夢物語になりつつある。当てにしていた老後の年金額が非常に心もとないものである現実に直面して、給料は減っても何かしら働き続けるしかないという選択を迫られることも多いという。また、歳をとり体も心もかなり疲弊してはいるが、へたり込むほどではなく、もうひと頑張りできる心身の状態も、働き続けようとする選択を後押しする。もちろん、長年のキャリアで身につけてきた専門性や知識、経験を活かせる職場であれば、もう少し頑張ってみようかなと考えるのは理解できるところである。

 高齢者雇用促進策は、一見、雇用する側とされる側のニーズとウォントがマッチした合理的な施策のように思える。しかし、組織や企業の現場からは、ギクシャクした状況に陥っている事例も多数報告されている。まず、定年後の高齢者を受け入れる職場のメンバーからは次のような声が聞こえてくる。「『もう現役じゃないし、そこまでやる義理はない』と、仕事に対して消極的な感じがする」、「プライドが高く、自分の主張を曲げず、文句ばかりが多い」、「賃金への不満、愚痴、お金の話ばかりしている」、「とにかく話が長い」、「休憩ばかりしているうえに、終業10分前には帰り支度を始める」、「持病を抱えている人が多く、仕事を休みがち」、「従来のやり方に固執する」、「物忘れやミスが多い」。定年間近の筆者には、思い当たることも多く、胸に刺さる指摘ばかりである。もしかすると「働く高齢者あるある」なのかもしれない。

 しかしながら、フレッシュな若手とは一味違った高齢者の妙味を職場にもたらしているという指摘も少なくない。具体的には次のような声が聞こえてくる。「知識や経験、スキルに長けていて、特に昔のシステムの話になると本当に頼りになる」、「管理職経験を活かして、部下を指導し、リーダーシップを発揮してくれる」、「職場へのコミットメントが高く、仕事が丁寧、正確で、若手のお手本になってくれる」、「後輩の面倒をよく見てくれる」、「落ち着いていて、慌てず、頼りになる」。こうした声を聞くと、定年が来たからといって、引退させてしまうのは惜しい感じもしてくる。

 よく言われることであるが、職場の人間関係は「相身互い」を意識することが肝要である。「相補性、互恵性(reciprocity)」は人間の社会性の基本的特性であり、我々は、親切にされたり助けてもらったりしたら、いつかお返しに、今度は自分が親切にしたり助けてあげたりしようとする傾向を強く持っている。もちろん、逆に、意地悪されたり攻撃されたりしたら、いつかやり返してやると思ってしまう側面も兼ね備えている。敬意を示すことについても相身互いであることを肝に銘じることが大切だ。

 定年後の高齢者を受け入れる側にしてみれば、新鮮味もなく、かつては上司だった人であったりして、やりにくさを感じてしまうのも無理はない。また、再雇用される高齢者にしても、賃金は低く抑えられるのに、以前通りに働くのは何かしら理不尽さを感じてしまうのも理解できる。そうしたネガティブな思いを仕事のさまざまな局面で無自覚のうちにぶつけ合えば、互いに居心地が悪くなるのは、当然の帰結といえるだろう。

 受け入れる側は、人手不足による自分たちの苦しみを少しでも緩和させるために高齢者を有効活用することを考え、直感的な拒否感をひとまずおいて、高齢者の持つメリットに注目することで視野の転換を図ることが大事だろう。受け入れてもらう高齢者の側は、心身の疲れや賃金の低さへの不満はひとまずおいて、自分のこれからの生活の経済に少しでも余裕を持たせることや、これまでの自分のキャリアで得た知識や経験、スキルを活かせる喜びに焦点を当てることが視野の転換を図ることにつながる。そうした互いの視野の転換は、頻繁に直接的に(対面で)交流し、コミュニケーションをとることによって生じやすくなる。ここでも、このコラム127回で紹介したような対話(ダイアローグ)の機会を拡充する工夫が役に立つだろう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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