第99回 「ダメ出し」をハラスメントと受け取られないようにするにはどうしたらよいのか-社会心理学的視点で素朴な疑問に向き合う⑩-

2018.10.25 山口 裕幸 先生

 巷の議論も少し落ち着いてはきたが、昨今、スポーツ界を中心に、強い立場の人間が弱い立場の人間に対して高圧的で懲罰を伴うような対応を続けて来た問題事案が相次いだ。ことはスポーツ界だけでなく、組織におけるパワーハラスメントに関する報道も相次いでおり、職場でも同様の状況が生じていることは珍しくなさそうである。ただ、職務に従事する中では、自己の職責を全うするために、ときには叱責したり、忠告したり、いわゆる「ダメ出し」を行うことがどうしても必要なときもあるだろう。そんなとき、相手がパワーハラスメントであると認識することなく、こちらのダメ出しを受け入れてくれるには、どのようなことが大事になってくるのだろうか。

 わが国では長きにわたって、若手は先輩や上司に叱られながら仕事を覚えて行くことが当たり前と言って良いほどだったように思われる。「若いうちの苦労は買ってでもせよ」というフレーズが当たり前に口にされ、若手や経験の浅い者が苦労するのは当然のことという考え方は、年功序列の日本型経営の根幹を支える理念だったといえよう。経済の高度成長期からバブル経済の時代くらいまでは、管理職の中には戦争を体験した人も含まれており、まるで軍隊のように、部下には有無を言わせず指示・命令への服従を求める方も多かったのではないだろうか。

 そうやって部下として20代、30代を過ごしてきた人たちが、キャリアを積んで管理職になり、これから自分はどのようにやっていこうか考えるとき、真っ先に頭に浮かぶのは、かつての自分の上司たちの振る舞いであろう。かつての上司たちはお手本なのである。親子関係にしても、先輩-後輩関係にしても、自分が経験してきたことが、自分なりのプロトタイプ(心理的鋳型、典型)となって、自分の振る舞いを決めていくことになる。職位で上に立つ人間の部下や若手との接し方は、先輩から後輩へ、そしてそのまた後輩へと受け継がれていく特性を強く持っているといえるだろう。その結果、ついつい部下を叱り飛ばしながら指示に従わせようとする人は、なかなか少なくならないことになる。

 しかし、言うまでもなく、時代はうつろい、人々の人間関係に対する考え方も変わってきた。人権を尊重する態度も社会全体に確乎たるものになってきている。子どもを叱る親は次第に少なくなり、ジャニーズ事務所に倣って、後輩が先輩を「○○君」と呼ぶのも珍しいことではなくなった。自分も堪え忍んだのだからと言って、自分のかつての上司をお手本にしたような高圧的な振る舞い・言動をとったのでは、せっかく相手の成長を思っての注意・忠告であっても、その思いは届きにくい。むしろ反発を受けたり、ハラスメントだと訴えられたりすることさえあるのが、今日の現実である。

 著書「ダメ出しコミュニケーションの社会心理」(2010、誠信書房)の著者である繁桝江里さんは、相手の悪いところを指摘する行為自体、非常にデリケートな配慮を必要とするものであると指摘している。誰でも、自分の悪いところを指摘されて嬉しいはずはなく、相手の気持ちを丁寧に配慮して行わなければ、基本的には怒りや反発、落胆等のネガティブな感情に繋がってしまうことを念頭におくことが大事だというのである。自分が上役だ、先輩だ、という自分中心の思いで振る舞ってばかりいたのでは、相手の気持ちはどんどん離れていくものだと思っておいた方が良い。

 ダメ出しに際しても、相手の成長を思い、相手のことを考えて行うように普段から肝に銘じておくことが大事になってくる。例えば、たくさんの人の前で、自分の失敗や間違いを指摘されるのは誰でも嫌なものである。ダメ出しを行うときは、2人だけの状況で行うことを心がけることが大切だ。「この人は自分のことを思ってダメ出しをしているのだ」ということに相手が気づけば、一時的に感情的な反発や落胆はあっても、ダメ出しの本意を理解することに繋がりやすい。そうした相手の気づきを引き出すのは、相手の気持ちを配慮して行動をとることを普段から心がける態度である。

 「いやいや、私だって、何も相手が憎くてダメ出しをするわけではない。相手の将来のことを思ってこそのダメ出しなのだ」と言いたい人もたくさんいるだろう。私もそのひとりである。ただ、ダメ出しのときだけ、「相手のことを思って」と言っても、それでは相手に本意は伝わりにくい。普段、褒めることはしているだろうか。ねぎらいや感謝の言葉をかけているだろうか。自分が、相手のことを考えて言動をとっていることが伝わるためには、悪いことを指摘するダメ出しだけでなく、良い面を認め、一緒に働く仲間として感謝する言動もきちんととっていくことが必要になる。そうした日頃のコミュニケーションの取り方が、わかり合える人間関係の構築につながる。

 褒めるというのは、そうしたケースに恵まれないとなかなかできないので、まずは、ねぎらいや感謝の気持ちを伝えることから始めてみたらよいように思う。地味に感じられるかもしれないが、ダメ出しも含めて、お互いが気兼ねなく自分の本当の気持ちや考えを伝えあえるようになることは、職場の心理的安全の構築にも繋がる重要な取り組みでもある。

<引用文献・参考文献>
繁桝江里 (2010). 『ダメ出しコミュニケーションの社会心理: 対人関係におけるネガティブ・フィードバックの効果』. 誠信書房.
繁桝江里(2014).『ダメ出しの力』.中公新書

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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