第34回 コミュニケーションで伝わるもの
2013.04.26 山口 裕幸 先生
今回は、他者とのコミュニケーションで伝わっているものは何なのか、今一度、考えて見ようと思う。前回まで、チーム力、組織力を高めるにはどうすればよいかを考えてきた。いきつくところは、自分たちの達成すべき(達成したい)将来像を明確に持つこと、そして、その実現を追究するメンタルモデルをメンバーで共有して日々の仕事に取り組む状態を作り上げることの重要性だった。そして、そのためには、会議のようなフォーマルなコミュニケーションだけでなく、日常の中で互いの素朴な考えを交換しあうダイアローグの場のようなコミュニケーションが大切であることを述べた。
フォーマルな会議の場では、互いの思いは意外に伝わりあわず、むしろ、各自、自分が以前から持っていた考え方を優先して判断してしまいがちであることを指摘した。これは「調整と係留のヒューリステック」の認知メカニズムが無自覚のうちに働くことが理由であった。それにもかかわらず、ダイアローグのようなお茶を飲みながら交わす何気ないコミュニケーションの場になると、なぜお互いの考えや思い、気持ちが伝わりやすいのだろうか。優れた組織やチームを育成しようとするとき、この問題は悩ましいものである。その一方で、真剣に検討してみる価値のある問題でもある。日頃の何気ないコミュニケーションの中に、その組織やチームの優れた判断力と行動力を作り上げる基盤が潜んでいることを、この問題は示唆するからである。
そこで、日常の何気ないコミュニケーションにおいて、我々は何を伝えあっているのか、という疑問について考えみようというわけである。この疑問に対する答えは、非言語コミュニケーションの研究成果の中に見いだすことができそうだ。社会心理学の世界では、非言語コミュニケーションに関する研究は、重要かつ大きなテーマとして、数多くの研究が行われ、優れた成果も多数報告されている。感情が表情に表れる様子について詳細な検討を行ったポール・エクマン(Paul Eckman)の研究成果は、その面白さからアメリカではドラマの題材になっているほどである(興味をお持ちの方はDVDで発売されているので一度ご覧になると良いだろう。作品名は「ライ・トゥ・ミー-嘘の瞬間(Lie to me)」である)。
近年では、高度に発展した観察機器と情報通信技術を融合させた先進ハイテク機器を使って、人々の日常のさりげないコミュニケーション行動の特性に関する研究が進められている。わが国では日立製作所が開発し、販売も行っている「ビジネス顕微鏡」がそうしたハイテク機器の代表である。また、マサチューセッツ工科大学のペントランド(A. S. Pentland) を中核とする研究チームは次々に興味深い研究成果を報告している。彼らの成果をまとめた著書は、つい最近、邦訳されて日本語でも読める(ペントランド、2013)。
ペントランドは、我々が直面する社会的状況の中で、無自覚のうちに自分の感情や思いをしぐさや表情、行動などに表しており、それは「正直シグナル(honest signal)」であると呼んでいる。また、この正直シグナルを表出する行為は「正直シグナリング」と呼んで、表れる(ディスプレイされる)ものと、行為とを区別している。
正直シグナルには、どのようなものがあるのか、彼らは独自の分類基準を示している。とりわけ大事なことは、高精度な観察工学的方法のもとに、客観的なデータを証拠として、この正直シグナルの特性を吟味していることである。絶え間なく流れていく時間の中で、複数の人々がどのようなコミュニケーションを交わしているのか、発話内容をはじめ、しぐさや表情まで、総合的に記録し、客観的に分析して、エヴィデンス・ベーストなアプローチに基づく検討を実現しているのである。行動観察の大きな可能性を具現化した研究成果といえるだろう。
さて、気になる正直シグナルの内容であるが、我々にとっては身近でなじみのあるものばかりである。具体的には、(1)影響力(相手の発話パターンを自分の発話パターンに合わせさせる程度)、(2)ミミクリ(会話の間、うなずきや微笑みを返すなど、他の人の行為を反射的になぞる程度。)、(3)活動レベル(しぐさや発話の活発さの程度)、(4)一貫性(強調や発話のタイミングの一貫性で、集中している程度を表す)、の4つである。
我々は、これらの正直シグナルを発信しているだけでなく、受信し、瞬時に解釈しながら、コミュニケーションを交わしている。人間は集団で生活し、社会を形成して、生き延び進化してきた動物であるから、そんな高度なコミュニケーションが可能なのである。留意しておくべきは、何気ない振る舞い、しぐさ、発話、表情にこそ、その人の思いが「正直」に表れ、我々は敏感にそれを察知する、ということだ。フォーマルな会議の場での「作られた(飾られた)」言動よりも、日常の何気ない場面で垣間見えた言動の方に、我々はその人の正直な思いを読み取り、理解するのである。どうも、その辺に、コミュニケーションの本質はあるようである。
次回も、コミュニケーションの場を客観的に観察することから得られた研究知見に基づいて、もう少し「何が伝わりあうのか」という問題について考えていくことにしたい。
<引用文献>
ペントランド・A・S (2013) 『正直シグナル-非言語コミュニケーションの科学』 柴田裕之(訳)、安西祐一郎(監訳)、みすず書房
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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