第140回 リーダーシップの社会心理学(4) 〜リーダーの影響力と「人脈」〜

2022.08.5 山口 裕幸(九州大学 教授)

 前回に引き続き、リーダーの影響力の基盤について考えていく。今回は、「人脈」に焦点を当ててみたい。「人脈」とは素朴に捉えれば人と人の繫がりであり、人的ネットワークである。ただし、単なるネットワークというよりも、その人が信頼関係あるいは協調関係を構築している人間関係ネットワークだといえるだろう。社会心理学の分野では、「人脈」は社会関係資本(social capital)の1つとみなすことができる。

 「人脈」はリーダーの影響力を考える文脈のみならず、ビジネス・チャンスの創造や販路拡大、販売促進の文脈でも、その有効性と重要性が指摘されることが多い。広く多様な人々との協調的な繫がりを持つことは、直面する問題の解決に有益な場合もある。「人脈」は、まさにその人が形成している人間関係の資本(≒財産)であり、影響力の基盤を形成する有力な資源の1つだといえる。

 管理職の影響力は、自身が受け持つ職場の範囲内に限定されてしまうのが一般的である。職位が上位になれば、管理・掌握する部署が増えて職権が大きくなるため、その影響力も強くなるが、管理・掌握する範囲を超えて、他の部署や職場にまで影響力が及ぶことは少ないのが普通である。しかしながら、「人脈」に基づく影響力は、組織や職場、部署の仕切りを超えて波及することもある点に特徴がある。いわば、職権に基づく影響力は縦割りの組織内にとどまりがちであるのに対して、「人脈」に基づく影響力は組織の縦方向のみならず横方向の広がりを持つといえるだろう。

 したがって、リーダーがその影響力を強化しようとする時に、「人脈」形成は重要な課題となる。では、どのようにして管理者は「人脈」を構築し、強化していくとよいのだろうか。リーダーシップ研究の文脈では、まずは部下との信頼関係、協調関係の構築を重視するアプローチへの関心が高まった。代表的な理論に、LMX(Leader-Member-eXchange)理論があげられる。これは、リーダーと部下(メンバー)の心理的な交換関係に視点を当てているもので、1970年代にグラーエンによって提唱され、注目された。(e.g. Graen, 1976)。当時以前の考え方は、リーダー行動は部下に均等に影響をもたらすという単純なものであったが、実際には管理者と部下との対人関係は複雑で、部下によって管理者の影響力の及び方は異なることがあり、混乱が生じていた。例えば、管理者は、期待以上の成果をあげる部下には高い評価を与え、期待以下の成果しかあげない部下には低い評価しか与えないことになるが、この評価の違いは管理者と部下の個別の人間関係に影響を与える。その結果、リーダー行動は部下に均等に影響をもたらすはずだと理念的に考えられていても、実際には、管理者の影響力の強さも部下ごとに異なったものになりがちであるのが現実であった。LMX理論は、管理者が部下一人ひとりとの質の高い交換関係、すなわち良好で生産的な人間関係を構築する取り組みを工夫することで、そのリーダーシップを高めていくアプローチを提唱したものといえる。リーダーの影響力の組織における縦方向の基盤として、部下あるいは上司との良好な人間関係構築は重要なピースといえるだろう。

 ただ、縦方向の影響力の強化ばかりでは、「人脈」の育成・強化には十分とはいえない。横方向あるいは外部との繫がりを意識した人間関係作りは、広がりのある「人脈」作りに不可欠である。横方向や外部との繫がりを構築する取り組みは、自己の影響力を育成し強化する道筋に不可欠な取り組みとして位置づける戦略的視点を持つところから活性化すると考えられる。例えば、コッター(Kotter, 2000)は、優秀なゼネラル・マネジャーは、そのポジションに就任してから数ヶ月は人的ネットワークの構築に注力し、直属の部下だけでなく、同僚、部外者、上司の上司、部下の部下すべてを含めたネットワークの構築を図っていたと述べている。このネットワーク構築は、単に繫がりを確認するだけでなく、協調し信頼し合える関係作りを意味している。

 より広い「人脈」作りは、リーダーの影響力強化に有効に機能する社会関係資本であり、影響力の基盤となる資源となる。人によっては、「人脈」作りは政治的な性格の強い取り組みだと忌避する傾向もみられるが、部下や同僚、上司、あるいは外部の関係者との関係を、今だけあるいは当面のものとして捉える短期的な視点に立つのではなく、時に面倒であったり、時間や労力の浪費と思えたりすることがあっても、長期的観点に立てば、協調し合える仲間、信頼し合える仲間が増えていくことは、自分の社会関係資本を豊かにして、影響力を高めることに繫がることに目を向けて、今の行動や態度を調整し、意思決定を行うことは意味のあることだといえるだろう。

【引用文献】
Graen, G. B. (1976). Role-making processes within complex organizations. In Dunnette, M. D., Handbook of Industrial and Organizational Psychology (Ed., 1201-1245). Chicago, IL: Rand McNally.
Kotter, J. P. (2000). What leaders really do. The Bottom Line.
※先生のご所属は執筆当時のものです。

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