第137回 リーダーシップの社会心理学(1) 〜リーダーシップ幻想論(Romance of Leadership)について〜

2022.05.16 山口 裕幸(九州大学 教授)

 社会や組織、そしてチームにおいて、リーダーの発揮するリーダーシップは、そこで生活し活動する人々にとって大切な意味を持つことが多い。社会活動や組織活動の様々な局面におけるリーダー達の言動を見聞していると、そこで発揮されるリーダーシップによって、我々の生活は重大な影響を受けることを実感させられる。

 リーダーシップに関しては、より効果的なものを求める視点からの研究が数多くなされてきたが、少し視点が異なる研究の中には、思わずにやりとするような結果も報告されている。今回は「リーダーシップ幻想論」について紹介しよう。 

 リーダーシップ幻想論を提唱したメインドル(Meindl, 1995)は、人間は、社会や組織、チームの運営状態や活動結果について評価するとき、様々な事情や原因が影響しているにもかかわらず、「そんな状態あるいは結果になったのは、リーダーのリーダーシップに原因がある」と結論づける傾向を強く持っていることを指摘した。例えば、会社の業績が悪化した場合、その原因は、社会全体の景気の影響や各種災害の影響、社員の努力不足等、多様な要因を考えることができる。しかし、我々が真っ先に思いつくのは、社長のリーダーシップ不全という理由なのである。逆に、業績が好調に伸びていれば、それは社長のリーダーシップが優れているからだと理由づけしがちである。

 なぜこのような偏った理由づけが行われるのであろうか。理由づけを行う認知行為は原因帰属(causal attribution)と呼ばれ、数多くの研究知見が蓄積されてきている。そして、その原因帰属のプロセスで発生する認知バイアスについても研究が進められてきた。それらの研究成果によれば、人間の行為についてその原因・理由を推測する場合、大別して、行為者本人の内的属性(性格や能力など)と、外的(環境的)属性(状況の容易さ・困難さや運の良し悪しなど)のふたつの側面に着目することになるが、このとき、人間は基本的に他者の行為はその本人の内的属性に帰属し、自分の行為は外的(環境的)属性に帰属する傾向を持っていることがわかっている。この偏った傾向は、基本的帰属錯誤(fundamental attribution error)あるいは対応バイアス(correspondence bias)と呼ばれる。これらは原因帰属のプロセスで発生する認知バイアスの根本であり、誰もが知らず知らずのうちに陥ってしまう心理的罠のような認知メカニズムだといえる。

 しかしながら、社会や組織、チームの運営状態や活動結果を評価する際に、リーダーのリーダーシップに過剰に原因帰属が行われる理由については、基本的帰属錯誤や対応バイアスの観点だけでは説明がつかない。客観的には多様な原因がありうるのに、なぜリーダーシップに原因帰属が集中するのだろうか。この点について考えるとき、リーダーの影響力の特殊性を指摘したホランダー(Hollander, 1958)の議論が参考になる。

 彼の考え方は、特異性信頼(idiosyncrasy credit)理論と呼ばれ、集団のメンバー同士は互いに集団の一員として期待を共有しており、その期待に応えることで信頼(=特異性信頼)を獲得すると主張するものである。この理論は、社会や組織の変革を効率的に進めるには、リーダーが蓄積してきた特異性信頼の大きさが重要であるという視点をもたらすとともに、新たに着任したリーダーに対しても、メンバーは「これまで皆の期待に応えてきたからこそ、その地位に就いている」との暗黙の前提に立って、「とりあえず」信頼して、リーダーの言動を受け入れ、それに従う傾向を持つことも指摘している。ホランダーのこの考え方は、メンバーにとって、リーダーは所属する集団を成功へと導く期待を抱かせ、暗黙の信頼を与える特別な存在であることを示している。

 また、組織の心理的安全性に関する研究で著名なエドモンドソンも、メンバーはリーダーに対しては職務について熟知し、完璧に仕事を遂行する人であるという前提を持ちながら交流を始める傾向が高いことを指摘している(Edmondson, 2018)。

 すなわち、リーダーはメンバーからの注目を集める存在であり、その言動と所属する社会や組織、チームの運営状態・活動結果は、頻繁に関連づけられて認知される機会が多く、他にも多様な現象が原因として作用していたとしても、リーダーの言動の方が、より大きな原因としてバイアスがかかって認知される可能性が高いといえるだろう。

 リーダーシップ幻想論は、人間の認知バイアスが、リーダーをネガティブに評価する側面だけでなく、ポジティブに評価し、賞賛する側面にも機能していることを指摘している。原語ではromance of leadershipと表現されているが、リーダーは事実とは乖離した評価を受けると同時に、メンバーはリーダーシップに勝手な期待を寄せることを表現する言葉として絶妙なものといえそうだ。

 リーダーの中には毀誉褒貶の洗礼を受ける人も少なくない。野球やサッカーのチームの監督がどのように評価されているかに思いを馳せると、「リーダーはつらいよ」と言いたくなる気持ちはよく理解できるところである。ただ、それだけに収まらず、リーダーシップ評価は、今回紹介したリーダーへの過剰な注目や期待によって生じるバイアスの他にも、いくつかの強力な認知バイアスの影響を受けて歪みが生じやすい。次回も、リーダーシップ評価に影響を及ぼす代表的な認知バイアスについて紹介していくことにしたい。

【引用文献】
Meindl, J. R.(1995). The romance of leadership as a follower-centric theory: A social constructionist approach. The Leadership Quarterly, 6, 329-341.
Hollander, E.(1958). Conformity, status, and idiosyncrasy credit. Psychological Review. 65 (2), 117-127.
Edmondson, A. C.(2018). The fearless organization: Creating psychological safety in the workplace for learning, innovation, and growth. John Wiley & Sons. Hoboken: New Jersey
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