第106回 人的資源管理に「心」の要素を考慮することの意味(3)- 管理者のリーダーシップ育成をめぐって① -

2019.08.31 山口 裕幸 先生

 新聞に目を通していると、こんな川柳が目に飛び込んできた。「リーダーが無能な場所で部下育つ」、「ミスするな、そのミスを生む上の指示」(2019年8月4日刊、毎日新聞)。なかなかシビアな皮肉が笑いのオブラートにうまく包まれていると思う。組織のマネジメントを考えるとき、優れたリーダーシップを発揮する管理者の存在は、最も切実に期待されていることだろう。しかし、現実はその期待とは裏腹な場合が多いことを、こうした川柳は暗示しているようである。

 産業界から大学教育に期待されていることがらの中でも、コミュニケーション能力と並んで、リーダーシップの育成は、長きにわたって重要事項に挙げられてきた。4年間の教育期間ではあまりにも荷の勝ちすぎた課題であるためか、「そもそもリーダーシップは個人の資質の方がものをいうのであって、教育したり訓練したりすることで、期待されるほどの育成や強化ができるものなのだろうか?」という疑問を口にする人もいるほどだ。

 組織やチームで職務を遂行し、目標達成を目指すとき、リーダーシップの育成は、人材育成の課題の中でも、ある意味「永遠の課題」に匹敵するものかもしれない。しかしながら、つかみ所や勘所がなかなかはっきりしない難しさがあるように感じられる。というのも、知識や技術の習得に比べて、リーダーシップの育成には、「心」の要素が深く関わるからであろう。

 リーダーシップのシップは、スポーツマンシップやフレンドシップといった言葉にも使われている。このシップが、いかなる意味を持つのか、これらの言葉を比較しながら考えてみると、どうやら「精神性」とか「心構え」といった意味を表しているようである。運動競技会の選手宣誓で「スポーツマンシップに則って正々堂々と!」いうときは、「スポーツマンとしての精神性・心構えを踏まえ大事にしながら」という意味合いがある。リーダーシップを育成するというとき、リーダーとしての心構えを育むという意味合いだと言えるだろう。はてさて、心構えを育む取り組みとは、一体、どのようにして構築していけばいいのだろうか。

 組織の管理者の役割は、部下がその職務を完遂すべくしっかりと動いてもらうことで全うされていく。管理者が役割を全うできるかは、部下を動かせるか否かにかかっていると言っても良いだろう。いかにすれば部下たちは、管理者が期待するように動いてくれるのだろうか。行動観察の観点に立てば、部下たちが進んでその指示に従っている管理者たちは、どのように行動し、振る舞い、発言しているのかを的確に観察して分析し、明らかにしていけば、効果的なリーダー行動のあり方の解明につながることが期待できる。そして、そうした効果的なリーダー行動をとることができるためには、どのような心構えを身につけていってもらえばよいのかが、リーダーシップを育成する人的資源管理のあり方を考えるときの焦点になると言えるだろう。

 例えば、地位に付随する権限を使って、指示や命令で人を動かそうとする管理者のもとで働く部下たちは、自分の役割を果たそうと、進んで動くだろうか。むしろ、叱責されることへの恐怖に突き動かされていると表現する方がしっくりくるだろう。他方、チームや組織の目標達成を目指して、皆の先頭に立って前向きに仕事に取り組もうとする管理者のもとで働く部下たちはどうであろうか。まさに、自分たちのリーダーであると認識し、あとについて行くことで、一緒にチームや組織の目標を達成していくことを考えるであろう。

 もちろん、上述したように、管理者の役割の本質は、人を動かすことにあって、常に自分が先頭に立って動くことではない。ただ、部下に動いてもらうためには、チームや組織の目標達成を目指して、皆の先頭に立って動く心構え、すなわちリーダーシップを備えていることが大事なのである。では、部下は、自分の管理者が優れたリーダーシップを備えているのか否かを、どのようなところに着目して見極めているのだろうか。いかなる行動、振る舞い、発言が、部下の積極的な行動を引き出しているのかがわかってくれば、それらの行動、振る舞い、発言を日常的に実践することを可能にする心構えとはいかなるものなのかについて、具体的に検討することができる。このような検討は、効果的なリーダーシップの育成方略の開発につなげていくことが期待できる。次回は、この観点から、リーダーシップ育成について論を進めていくことにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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