第110回 ワーク・ライフ・バランスの未来図- AI(人工知能)は「働き方」をどのように変えるのだろうか -

2019.12.26 山口 裕幸 先生

 「働き方改革関連法」が4月1日に施行され、職場の過ごし方に一定の変化をもたらしているようである。近年、日本社会では、「働き方」を巡って、働き過ぎや長時間労働、過労死や燃え尽き症候群等、解決すべき喫緊の課題に注目が集まってきた。法律の施行直後は一定程度の副作用もあると思われるが、ワーク・ライフ・バランスの大切さを考え、実践するための強力な推進力をもたらす契機となることを期待したい。

 「働き方」を考えるときに、もう一つ異なる問題として注目を集めてきたのが、「AI(人工知能)やロボット等のコンピュータのめざましい発展によって、将来必要なくなる職種が出てくるのではないか?」という話題である。現在は、働き過ぎによる難問に直面しているが、数年先には、多くの仕事がAIやロボット等に取って代わられる状況がやってくるというのだ。単純作業だけならばまだしも、弁護士や会計士、行政書士、医師のような高度な専門知識を必要とする仕事でさえも、AIがやってしまうようになると予想されていることで、驚きをもって注目されたのである。

 具体的にどんな話なのか、概観してみよう。英国オックスフォード大学のオズボーン准教授とフライ研究員(Frey and Osborne, 2017)は、数理統計学のガウス過程モデルを援用した精緻な予測計算式に基づいて、702の職業を対象に、将来、コンピュータ化が可能となる確率を算出した。それによると、図書館司書や旅行代理業者、保険の審査担当者等の12職種は99%の確率でコンピュータ化される、すなわち人間が行う仕事ではなくなると予測された。その他の職業でも、50%以上の確率でコンピュータ化されると予測される職種が実に404にのぼっていた。なんとリストアップされた702の職種のうち、半数以上が、将来は人間の仕事でなくなる確率は五分五分よりも高いというわけである。

 ちなみに、コンピュータ化される確率が5%未満、すなわち今後も人間によってなされる可能性が高いと予測された職種は139あって、中でも、各種機器の整備・修理を行う者たちの現場監督者や、緊急事態に対応する管理責任者といった職業は、コンピュータ化される確率が0.3%と低く予測されている。要するに、決まり切ったことをルーティンでやっていく仕事は淘汰されやすく、状況の変化に応じて柔軟に対応を調整しながらやっていく仕事は,人間のやる仕事として存続していくというわけである。

 もっとも最近では、AIがディープラーニングのプロセスで取り入れていくデータには、我々が無自覚のうちに陥っている認知バイアス(代表的なところでは偏見やステレオタイプ等)や、知覚できないレベルの刺激バイアス(例えば照明の当たり具合や音の高さ等)が多種多様に、しかも色濃く含まれていて、結果的にAIの判断も人間が陥る各種バイアスが反映されたものになってしまう問題が指摘されている(Evans, 2019, )。したがって、AIが人間以上の能力を示すことによって,人間に取って代わるまでには、まだまだ紆余曲折がありそうだ。

 不確定な要素が多いとはいえ、定型的な部分が多い職種ほど、将来的にはコンピュータ化される確率は高いと考えておいた方が良さそうである。すでに、スーパーマーケットで商品代金を払う際は、お客がコンピュータ相手に商品のバーコードをスキャンして、代金を支払うセルフ式がかなり普及してきている。同じことは、ガソリンスタンドや、銀行のATM、駅のチケット売り場等でも起こっており、例を挙げればきりがないほどである。

 様々な仕事をコンピュータに任さざるをえなくなったとき、人間はいかなる形で働くとよいのだろうか。18世紀後半に産業革命が起こって、それまでの職人の手工業中心社会から機械による大量生産社会へと、大きな社会変化が人間社会を襲ったときにも、多くの人々が同じような思いを抱いたのではないかと想像される。

 直感的に思うのは、定型的で計算中心の仕事はAIやロボットに委ねて、人間は創造性で勝負する仕事に力を注ぐことになるかもしれない、ということである。創造的な仕事は、決して簡単なものではないだろうが、少なくとも、現代において問題視されてきた定型的な仕事に絶えず追いまわされる働き方からの脱却であることは確かであろう。

 それで「飯が食えるか」という心配は拭い去れないが、働くことばかりに執着して、自分の生活や人生のあり方を顧みる暇もないような毎日を送るのは味気ない。誰もが「働き方(ワーク)」と「生活や人生(ライフ)」とを、納得いく幸せな形でバランスをとれる将来をたぐり寄せられるように、今のうちからAIとの共存を考えておくことは意味のあることだろう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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