第103回 「評判」の持つ社会的機能について考えてみる-現代社会において評判はどのくらい大切なものなのか-

2019.05.30 山口 裕幸 先生

 今回は「評判(reputation)」について考えてみたい。「評判」という言葉には、辞書を引いてみると「世間でのうわさ」との意味が第一義に示されている。うわさ程度の情報にすぎない「評判」が、企業や商店、学校、病院等の組織の能力や信頼性を評価するときに、どれほどの意味を持つのであろうか、と感じてしまうところもあるかもしれない。しかしながら、ご存じのように、最近では、マーケティングの世界では、評判の持つ影響力の大きさが認識され、企業をはじめ各種組織の評価の重要指標となってきている。世界的な大学のランキング査定においても、「評判」の善し悪しがキー・ファクターのひとつとなっていて、評判の高め方は重要課題となっている。

 我々は、「評判」をどのように活用しているのか、という観点から考えてみよう。例えば、体調が悪くなってしまい、医者にかかろうとするとき、どの病院に行けば良いのか、判断がつかないことがある。そんな場合、我々は、ひとまず周囲の友人・知人に尋ねてみて、いわゆる「口コミ」を参考にして、有益な情報を得ようとすることが多い。「社会的比較理論」を提唱したフェスティンガーによれば、人間は、正しい(妥当な)判断をしたがる動物であり、自分自身が確かな情報を持っていない場合、周囲の他者の行動や態度を観察し、それを参考にして、自分の判断を行う傾向を持っている。これは、科学的な実証も行われ、以前からよく知られてきたことである。

 注意すべきは、かつての周囲の人々は、物理的に近いところにいる人々であったのに対して、インターネットが社会に浸透した現在では、遠くにいてあったこともない世界中の人々が周囲の人々になってくれることである。インターネットで検索すれば、必要な情報を得ることができる時代になって、「評判」の持つ影響力は、以前に比べて飛躍的に大きくなったといえるだろう。

 「評判」の性質としての重要なポイントは、第三者によって生成され、共有されているところにある。上述の病院の例の場合、病院自体が発信している情報を入手しても、病院にとって不都合な情報は含まれることはないだろう。受診したり、入院したりしたことのある人たちやその家族・知人等の第三者からの情報であったり、それらをもとに広く多くの人が共有している情報であれば、我々は、その評判を頼りにした判断を行うことができる。

 慎重に吟味してみると、インターネット上の情報は、発信者が匿名であって、どこの誰かはわからないことも多い。とはいえ、その情報に「いいね!」マークがたくさんついていれば、多くの人が同意していることがわかり、ある程度信用して良い情報であると考えて良いと思ってしまう。つまり共有された情報であることが、「評判」としての信頼性を下支えするのである。インターネットで提供される口コミ情報は、100%客観的に正しいのかと問われれば、疑問符がつくのであろうが、たくさんの人々が参考にすることによって、看過できないほどの大きな影響力を社会にもたらすことになっている。

 インターネットは世界とつながっている。インスタグラムにアップロードされた素晴らしい風景の写真が評判になり、以前は誰も寄りつかなかった奥地に、海外から観光客が押しよせた事例もしばしば聞かれるようになっている。もともと周囲を海に囲まれ、かつての鎖国政策の名残もあって、海外の人々と行き交うことの少ない閉ざされた性質の強かった日本社会も、インターネットの普及、浸透によって、開かれた社会へと急速に変貌しつつある。

 開かれた社会であればあるほど、評判を参考にした判断や選択が行われやすくなる。日本の大学も、日本人の学生だけを相手にしている中では、長年にわたる伝統的な評価は安定していて簡単には変わらないので、評判の持つ影響はあまり大きくなく、入学試験の難易度(偏差値)や研究業績の多さやその質の高さ等の客観的指標の持つ影響が圧倒的に大きかった。

 しかし、日本に留学して勉強しようと考えている世界各地の若者にとっては、すでに留学している先輩たちやインターネットを介して得られる評判は、重要な判断材料となる。そして、そうした海外の学生にとって重要なのは、修学環境やカリキュラムの充実度、キャンパスライフの快適さ等の要素である。留学生もストレスなく学べる国際化に順応した修学環境の整備は、厳しい経営環境にさらされる大学が、多くの学生に選んでもらうための最重要課題になっている。病院や福祉施設、その他の公共施設も、人々に選んでもらえなければ、淘汰されて消滅していくことになる。開かれた社会では、過去の栄光や実績よりも、現在の評判がものをいうことになる。

 出入国管理法改正によって、外国人とともに働く職場も増えてくることが予想され、我が国の開かれた社会への変化も加速するだろう。日本で外国人が働くことについての「評判」は、海外の人々が、日本で働こうとするモチベーションに少なからず影響するだろう。少子高齢化社会を迎えて労働者不足が深刻化する日本社会の将来にとって、好意的な「評判」を構築していく取り組みは大事なものになっていくと考えられる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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