第82回 自国第一主義が社会に蔓延するプロセスを考える-集団間関係に関する社会心理学研究をふまえて-

2017.05.16 山口 裕幸 先生

 前回前々回と論じてきたように、自国中心主義の行き着くところは共貧社会である可能性が高い。このことは理屈ではわかっていることである。誰もが自分の利益だけを追求して利己的に振る舞えば、世の中は悲惨な状況に陥ることは、理を尽くして説明されるまでもなく、直感的にも推察できるところであろう。それゆえ、個人として行動する時、我々の心には、他者と協力しようとする動機づけが強く働くことも多い。災害後の復旧・復興の場面を思い起こすとわかるように、個人同士であれば、助け合って友好的な関係を築こうとする傾向は比較的容易に表れると考えられる。

 ところが集団同士、国家同士の関係になると、競争的な傾向の方が容易に表れやすくなる。この問題に深く影響を与えた社会心理学の研究として、社会的アイデンティティ理論(Tajfel & Turner, 1986)に基づく一連の研究があげられる(本コラム62回63回参照)。これらの研究は、個人の素朴な心理として、自分が所属する集団のメンバーをひいき目に評価し、他集団のメンバーや他集団そのものを差別的に評価する傾向を実証的に明らかにしてきた。ただ、なぜ個人がそうした心理的傾向を持つのかについては諸説見解が分かれ、議論を呼んできた。特に、我々人間が、他集団に対して競争的に振る舞い差別的に評価する態度を、なぜ基本的に持っているのか、その理由については議論が続いている。

 人間は集団そして社会を形成して生活する動物である。支え合う生活圏や地理的範囲に応じて、たくさんの集団があちこちにできることになる。そうしてできた集団同士が互いに自分たちの利益を主張し合えば、どうしても諍いになる。その行き着く果てが戦争である。人類の歴史は戦争で彩られてきたと言っても過言ではない。それにしても、なぜ集団レベルの関係になると自己集団の利益を追求して競争的に考え行動する傾向の方が優越して、人々の心を突き動かすのだろうか。

 環境適応的な観点に立てば、厳しい自然環境のもとでなんとか生き延びるために集団で生活することを選択した人類にとって、自分が所属する集団の利益を守ることは、自分一人だけでなく、家族や子孫を守るために非常に重要な問題であることが関係していると言えるだろう。集団主義的な考え方の根源も、こうした現実的な利益を考える経験の蓄積によって次第に醸成された考え方が、規範として共有され、集団や社会に根づいたところがあると考えられる。

 もうひとつおさえておきたいのが、集団メンバー間の対人関係の特質について研究を蓄積してきたグループ・ダイナミックスの観点である。この観点からは、人間は、自分と同じ考え方や価値観を持つ仲間がいることで、自分の主張の正当性に自信を持てるようになることが注目される。

 集団の他のメンバーが自分とは異なる意見や考え方を持っていることがわかった場合、多くの場合、メンバー同士で意見調整を行い、だいたい平均的な意見で調整を図ろうとする。しかし、他のメンバーも自分と同じ意見や考え方であることがわかると、自分の考え方は妥当であり正当なものであると確信できるとともに、もっと強く主張しようという気持ちになることもある。そして、同じ考え方の仲間が集まって意見交換するうちに、一人ひとりがもともと持っていた考え方以上に極端な意見や考え方が集団のものとなる場合があり、それは集団極化現象と呼ばれている(本コラム53回54回参照)。

 「我が国の利益が最優先だ」「移民は排斥すべきだ」といった、かつては口にするのが憚られていた意見や考え方でさえ、平気で公言されるようになってきた背景には、集団極化現象に近い状態が社会全体に広がるダイナミクスが働いている可能性がある。自分が所属する集団や社会の仲間たちも自分と同じ意見だという思いは、自分の考え方への自信を強める効果がある。また、それだけでなく、もし自分の考え方に間違ったところがあったとしても、自集団の仲間は皆支持している考え方であり、その責任は自分一人で負う必要はないという安心感も伴っているものと考えられる。自信と安心感が相乗効果となって、社会に蔓延していく側面があることも視野に入れておきたい。

 他集団への攻撃や差別を助長しかねない自集団優先主義的な考え方が社会全体に蔓延すると、戦争のような暴力による紛争解決を支持する人々の割合も多くなる。いつまでも世界から戦争がなくならない理由のひとつに、上述してきた集団や社会のダイナミクスは、人間が素朴に持っている心理によって容易に発動してしまうこともあげられるだろう。

 集団や社会がひとつの考え方に偏ってしまわないようにするには、やはり多様な考え方が許容され、異なる意見や考え方同士、気兼ねなく主張しあい意見交換できる環境が大事になってくる。そうした「心理的安全」が守られた環境を保全することは、健全な集団や組織、社会の構築にとってだけでなく、企業組織のイノベーションの創出にも有益な影響を与えるものとして期待されている。次回は、その心理的安全はどのようにして構築され保全されるのかについて考えてみることにしたい。

引用文献
Tajfel, H., & Turner, J. C. (1986). The social identity theory of inter group behavior in S Worchel & WG Austin (Eds) Psychology of intergroup relations. Pp.7-24. Chicago: Nelson.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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