第129回 人々の社会への協力行動を引き出す働きかけを考える ~懲罰を伴う強権発動に行き着く前に~

2021.08.31 山口 裕幸(九州大学 教授)

 2021年8月時点で、COVID19は感染爆発のステージに達し、深刻な医療体制の逼迫を招いている。厚生労働省と東京都は8月23日、改正感染症法に基づき、東京都内の全医療機関に新型コロナウイルスの患者受け入れと専用病床の確保、医療従事者の派遣を要請した。正当な理由なく応じなかった場合、厚労省や都が医療機関などの名称を公表することも併せて示された。

 要請するだけでは聞き入れてもらえない事態を想定したのか、「国や都の言うことを聞かなければ、恥をかかせるぞ」という懲罰をちらつかせた通知になったが、これはどのような影響を持つのだろうか。厚生労働省や東京都の関係者にしてみれば、長引くコロナ禍の中で、協力要請に対してつれない対応をする医療機関があるのは許せない気持ちがあったのかもしれない。十分な医療を受けられないまま自宅療養中に亡くなる方が出てくる悲惨極まりない事態に、やむにやまれず選択した強権発動なのだろうと思う。

 ただ、懲罰の可能性を示しながら、指示や命令によって人を動かそうとすることは、逆効果になることが多い。「心理的リアクタンス」と呼ばれる心理的反発は、人間の素朴な感情的反応である。誰もが自分の行動選択は自分の意思で行いたいという欲求を持っている。地位や権力、法律に基づいていようとも、頭ごなしに命令されるのは嫌なのである。

 ましてや医療機関はいずこも精一杯の努力を尽くしてきているところばかりである。国や都の要請につれなく対応したことがあったとしても、COVID感染者以外の通常の患者の医療・看護の手を抜くわけに行かない事情があったのかもしれない。必死に頑張ってきているのに、結局のところ、懲罰を背景にした強制を伴う強権発動という対応をとられることに失望を覚える医療従事者は少なくないと思われる。

 ではどうすればよいのだろうか。国や都が医療機関と一緒になって問題解決に取り組む行動をとることが鍵を握っている。自分は動かずに指示・命令で人を動かそうとするのは、職位や地位が上位にある者がとりがちな行動である。権力にものをいわせて人を動かすのはパワーホルダー(権力保持者)であって、リーダーとは性質を異にする。パワーホルダーは、担当者に責任を負わせ、その責任を果たすように強く迫ることで問題を解決しようとする行動をとりがちである。政治や行政の世界ではパワーホルダーの権力行使が、即効力を伴って有効に作用することがあるのは事実である。だからといって、常に権力行使でしか問題を解決できないのでは行き詰まることも起きてくる。COVIDを巡る日本社会の現状は、そうした行き詰まりが具現化されているといえるだろう。

 職位や地位はどうあれ、問題解決に向けて仲間と一緒になって取り組み、先頭に立って汗を流すとき、仲間は「この人について行こう」と思う。人々を「この人と一緒にがんばろう」という気にさせる影響力、それがリーダーシップである。問題に直面し、なんとか状況を打破しようしてとる行動に、その人がリーダー・タイプなのか、パワーホルダー・タイプなのかが表れる。もちろん、パワーホルダーの指示や命令であっても何度かは従うものだ。でも、繰り返し何度も指示や命令で動かそうとされると、むくむくと心理的リアクタンスが頭をもたげてきてしまう。そうなると、パワーホルダーの指示や命令にも易々とは従わなくなってしまう。

 問題解決が社会全体にとって不可欠のものであれば、パワーホルダーもその問題解決の当事者である。指示や命令で人を動かすことによって問題を解決することが難しければ、自らも皆と一緒になって動くことで難局を打開していくしかない。人類が普遍的に保持している社会性のひとつに「返報性(reciprocity)」がある。助けてもらったら、いつか今度は自分が助けてあげようと思う心理である。この心理が、人々の積極的な協同行動を引き出す源泉となる。相手の協力を引き出すのは、自分の積極的な協力なのである。

 ごくごく素朴なことに問題解決の糸口はある。要請をする立場の者が、人々を指示や命令で、あるいは権力に基づく懲罰を恐れる恐怖心を使って動かすことに慣れきってしまっている場合、その心理的慣性から抜け出すことが問題解決への重要な第一歩となるだろう。

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