第156回 どんなリーダーシップがチームを真のチームとして機能させるのか(2)~多様性豊かな組織の強みを引き出す包摂的リーダーシップ~

2023.12.5 山口 裕幸(九州大学 教授)

 コンビニエンス・ストアに立ち寄って買い物をすると、外国人の店員さんが対応してくれることが多くなった。首都圏ではずいぶん前から見かけた光景なのだろうが、筆者の住む福岡にも広がりを見せているのだろう。飲食店でも同様である。ビジネスの世界でもさまざまな国々の出身者が、一緒に力を合わせて仕事に取り組む時代になってきた。日本社会も多様性に富む時代を本格的に迎えているのだと実感させられる。

 多様性が社会や組織に与えるメリット・デメリットについては、古くから研究され議論されてきた。デメリットの代表としては、社会や組織のまとまりを築くことの難しさがあげられる。多種多様な考え方の人間が集まる状況では、まとまったひとつの目標を設定するだけでも難しい。国際的な和平や協調を整えるために開催される国際会議でも、参加国間の見解の相違が解消されず、会議の最終日に出されるはずの共同宣言が玉虫色の曖昧なものになったり、そもそも共同宣言を出すことさえできなくなったりする事例が珍しくない。豊かな多様性は、意見や認識、価値観等の認知の対立を潜在的に孕んでいる。そこに利害の対立や情緒的な対立が派生し始めると、社会的紛争の状態に容易に陥ってしまう。

 しかし、多様性がもたらすメリットについて指摘する見解も多数提示されてきた。代表的なものとしては、創造的なアイディアの創出がある。それに加えて、近年では、社会や組織の多様性は、国際的あるいは社会的な経済や政治等の環境変動に適応する力を高める機能を持つ可能性についても注目が集まるようになっている。社会や組織も、将来にわたって存続していけるように持続可能性を高めるには、さまざまに生まれてくる環境の変化に適切に適応していくことが根本的な課題となる。

 留意しておくべきことは、メンバー同士の見解や価値観は、初期段階ではそれぞれに異なっていても、時間が経つにつれ、社会であれ組織であれ、次第に共有が進み、均質性が高まっていくことである。メンバーの見解や価値観が均質化あるいは類似していると、意見の対立や軋轢は起こりにくく居心地が良い反面、環境の変化に気づいて対応しようとしても、似通った意見しか出てこず、マンネリ化した対応に終始してしまいがちになる。

 冒頭に書いたように、我が国でも、社会や組織は多様性豊かな共同体へと変化しているのが現実である。社会や組織の豊かな多様性が持つデメリットを克服し、メリットを引き出すような取り組みが重要性を増しているといえるだろう。そんな都合の良い取り組みがあるのかと思いたくなるが、そこで注目されるのが、包摂的な(インクルーシブ: inclusive)リーダーシップである。

 包摂的リーダーシップは、組織やチームに心理的安全性が備わることの重要性を指摘したエドモンドソンが、心理的安全性を醸成していくには、リーダーのメンバー達に対する包摂的な態度・行動、すなわち、「リーダーの開放性」「リーダーの話しやすさ」「リーダーと話す機会のつくりやすさ」の3つの要素の重要性を指摘したところから注目されるようになった。具体的には、図1に示す8つの行動原則をエドモンドソンは提示している(Edmondson, 2012)。

 心理的安全性とは「このチームでは率直に自分の意見を伝えても対人関係を悪くさせるような心配はしなくても良い」という信念がメンバー間で共有されている状態のことである。それは、単に穏やかで居心地の良い職場にするために必要なのではなくて、活発に意見交換して、その中から、これまでにない独創的なアイディアを生み出したり、変動する社会環境に適応し、できれば先回りして対応できるように創造的な変革を職場に生み出したりするために必要な組織や職場の特性である。

 多様性豊かな社会や組織では、潜在的に意見の衝突が起こる可能性が高い。意見が衝突して、それが引き金となって人間関係がギクシャクするようになってしまうことを恐れる気持ちは誰もが抱くものだろう。しかし、その恐れる気持ちに負けてメンバーが黙り込む行動をとってしまうと、せっかくの豊かな多様性の持つメリットは雲散霧消してしまうことになる。

 豊かな多様性が孕むデメリットを克服して、メリットを引き出すべく、管理職やリーダーはもちろん、メンバー各自が、心理的安全性の醸成を目指して、包摂的リーダーシップを発揮できるようになっていくことは、持続可能性の高い社会や組織を目指すうえで大切な課題になってくるといえるだろう。

【引用文献】

Edmondson, A. C. (2012). Teaming: How organizations learn, innovate, and compete in the knowledge economy. John Wiley & Sons. (A.C.エドモンドソン『チームが機能するとはどういうことか -「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』、野津智子・訳、英知出版、2014年)

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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