第111回 なぜセキュアベース理論が注目されるのか -「安全基地」的組織を目指して(1)-

2020.01.28 山口 裕幸 先生

 大学入試センター試験が実施され、受験は本格的なシーズンに突入する。今年のセンター試験に関しては、受験生の志望校選択は「安全志向」がキーワードだそうである。来年度から新テストに移行するため、受験対策も大きく変わると予想される。その変化に対応するのは大変なので、なんとか今年の入試で大学入学を決めてしまいたいという気持ちが受験生全般に強いというのである。この気持ちが、難関大学を避けて、自分の学力で確実に合格できそうな大学を優先的に選択する傾向につながっているとみられ、今年の受験生は「安全志向」が強いとの報道が相次いでいる。

 この「安全志向」は、逆の方向から見れば「リスク回避志向」であり「挑戦回避志向」ととらえることができるだろう。青春まっただ中の若者たちが、大学受験とはいえ、挑戦を避けようとするのは、少し寂しい気もする。しかしながら、自身も含め、組織で働く日本の大人たちに目を転じると、この「挑戦回避志向」は、日々の職務行動に色濃く反映されているように感じられる。

 ここで、組織で働く大人たちの挑戦意欲の薄弱さを情けないと批判しようというわけではない。いわゆる「失われた20年」は単に景気が悪化し停滞した時代というのみならず、働く人々の多くが、業績をあげなければ給与減額や解雇の処遇を受けるリアリティにおびえ、失敗は許されない気持ちに追い込まれた時代でもあったといえるだろう。そんな時代とは、挑戦する意欲と勇気を失わせる社会や組織の仕組みが働いた時代ではなかっただろうか。挑戦が大事だというけれど、失敗したらチャンスを失う環境に置かれたら、誰しも挑戦に尻込みするようになるのはやむを得ないことだろう。

 本コラムでも、「学習する組織論」を基盤に、組織あるいはチーム全体で失敗から学ぶ姿勢を養成することの大切さについて論及してきた。しかしながら、「失敗を恐れず、そこから学ぶ」ということは、上記のような厳しく追い詰められた状況に置かれた当事者にとっては、正論ではあっても実行するには勇気を奮い立たせなければならない困難な課題に思えてならないだろう。

 組織で働く人々が勇気を奮い立たせるには、やはり、組織の役職上位者、管理職からの体系的で戦略的な働きかけが重要な鍵を握ることになる。どのような働きかけをすればよいだろうか。ここで注目されるのが、セキュアベース・リーダーシップの考え方である。セキュアベースとは「安全基地」という意味であり、親子の愛着に関する研究の権威であるボウルビーが用いた概念である。

 彼の研究の継承者であるアンダーソンは、子どもたちが冒険に出かけるとき、母親はセキュアベース(安全基地)になっていると論じている。子どもにとって母親は、恐怖や不安を感じたり動揺したりすると、いつでも安心して帰れる基地のような存在である。母親は、子どもを受け入れ、そばに近寄れるようにして安心を与えると同時に、それによって、子どもが思い切ってリスクをとる機会も与え、子どもは自分で解決方法を見つけられるようになるというのである。

 スイスの国際経営開発研究所(International Institute of Management Development: IMD)教授のコーリーザーたちは、この概念を組織の文脈でも生きるものと考え、組織そのものや役職上位者が、部下たちに思いやりを示し、「守られている」という感覚と安心感を与えることで、ものごとに挑み、冒険し、リスクをとり、挑戦を求める意欲とエネルギーの源になる「セキュアベース・リーダーシップ」の大切さを説いている(Kohlrieser, Goldsworthy & Coombe, 2012)。

 もちろん、里親のように部下の成長を育むことを提唱するメンターシップをはじめとして、これまでにもセキュアベース・リーダーシップと同様の考え方は示されてきた。問題は、その考え方を実践するコツはどこにあるのかであろう。次回は、どうすれば部下たちを挑戦へと勇気づけることができるのか、具体的な行動について検討していくことにしよう。

【引用文献】
Kohlrieser, G., Goldsworthy, S., & Coombe, D. (2012).?Care to dare: Unleashing astonishing potential through secure base leadership. John Wiley & Sons.(『セキュアベース・リーダシップ-<思いやり>と<挑戦>で限界を超えさせる』(訳)東方雅美, プレジデント社, 2016年)

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