第125回 リモートワーク時代の職場のチームワークを考える(1)~オンライン・コミュニケーションのメリットを生かし、デメリットを克服する道筋~

2021.05.12 山口 裕幸(九州大学 教授)

 組織は取り巻く社会環境の変動に適応しながら、持続し反映していく存在である。コロナ禍に襲われて以降、対応が可能な業態の職場では、リモートワークの採用が進んでいる。コロナ禍が長引いていることを考えると、ZoomやTeams等のリモートでの職務遂行を可能にするオンライン・コミュニケーション・システムがあらかじめ世の中にあったことは幸運だったといえるだろう。こうした道具がなくて、リモートワークが不可能な時代であったなら、組織の活動は、より深刻な事態に陥っていたかもしれない。

 とはいえ、リモートワークのメリットやデメリットについては、様々な議論があり、実証的研究も行われつつあるところである。今後、リモートワークはより一層社会に広く浸透していくことが予想される中で、そのメリットを生かし、デメリットを克服する方略を明らかにすることは大事な課題になってくる。この方略を検討するときに、中核となる標的は何なのか、社会心理学的な視点から考えてみたい。

 リモートワークのメリットとしてよく指摘されていることのひとつに、通勤にかかる時間や身体的疲労がほとんどなくなり、職務遂行環境にゆとりが生まれたことがあげられる。また、職場であれば、様々な電話や雑用に対応する必要があり、その都度、仕事が途切れてしまい、再始動を繰り返す必要がある。リモートワークの場合、職場にありがちなそうした煩雑さから解放されて、職務に集中できて、効率や生産性があがったという指摘もある。人間には高度な認知能力が備わっているとはいえ、多種多様な課題に同時に取り組む状況では、集中力が追いつかなくて、能率が下がったり、ミスやエラーが発生してしまったりする。リモートワークの場合、職場を離れることで、電話や雑用にも対応する多重課題状況は減って、自分の職務に集中しやすい環境が実現されやすいといえるだろう。

 他方、リモートワークでは、時間管理が甘くなり、仕事に集中するあまり、超過勤務状態に陥りがちだというネガティブな側面を指摘する声もある。また、リモートワークが続くと、職場の仲間達から切り離されている感じがするようになり、孤立感や孤独感を覚えたり、組織の一員として自己を確認するアイデンティティの希薄化が指摘されたりもしている。マズローの欲求段階説で指摘されているとおり、所属欲求は、生存(生理的)欲求、安全欲求に続く基本的な欲求である。時に煩わしさを感じることはあっても、人間は、誰か他の人と一緒にいたいし(親和欲求)、自分には所属する集団があるという実感を持ちたいという願いを素朴に抱きながら生活している。リモートワークは、マイペースで仕事に集中しやすいメリットをもたらしてくれる一方で、なんとなくではあっても自己の存在価値を感じさせてくれる職場仲間との直接的な交流の機会を縮減させて、隔離されている感覚や孤独感を刺激し、モチベーションの低減を招くデメリットも併せ持っているといえるだろう。

 ここで注目しておくべきは、他のメンバーと連携して、チームとして成果をあげていく職務、すなわちチームワークに携わっている人にとって、リモートワークのもたらす影響はいかなるものなのか、という点である。チームで職務遂行に当たる職場では、メンバー間の連携が不可欠である。そのため打合せや会議が招集され、メンバー全員が対面状況でコミュニケーションをとる機会が作られている。リモートワーク導入以前であれば、各メンバーの職務の都合で集まるのが難しく会議の開催を諦めざるを得なかったり、個人的な職務は後回しすることで無理矢理に会議開催に漕ぎつけたりする場合も多かった。それに比べて、リモートワーク導入後は、開催時刻さえ前もって決めておけば、メンバーたちはどこにいてもPCからはもちろん、タブレット型端末やスマートフォンから会議に出席することが可能になった。物理的空間の移動が必要なくなったことで、職務に必要なコミュニケーションは、より快適に行うことができるようになったといえるだろう。

 しかしながら、対面状況であれば、なんとなく互いの表情やしぐさ、気配、雰囲気を察することもできるのだが、オンライン・コミュニケーションでは、それが結構難しい。それに加えて、気軽なおしゃべりや余談は生まれにくい。便利で効率的なものである反面、職場仲間との一体感や連帯感は薄くなってしまう可能性もあるのがリモートワークのひとつの特徴といえる。リモートワークは隔離された感覚や孤立感を個人にもたらすことを先に述べた。個々のメンバーが感じる隔離された感覚や孤立感がチームレベルに集積されることで、職場仲間との一体感や連帯感の希薄化につながるのであろう。これはチームワークで成果を上げていく職場には少なからず深刻な影響をもたらすことになる。

 もちろん、もともと対面状況で過ごす職場でも人間関係は堅苦しさを残したものになりがちではある。その堅苦しさをほぐし、気兼ねなく意見交換できる職場風土を作ることが、環境の変化に柔軟に適応する組織を作り上げていくマネジメントを実践するときのキモであることは、このコラムでも繰り返し指摘してきたことである。心理的安全性の概念も、いわゆる「風通しの良い」職場風土を意味していて、それを作り上げる過程では、一見無駄だと思える職場のおしゃべりが、メンバー個々の「人となり」や考え方、価値観を互いに感じ取るのに大切な働きをしていることを論じてきた。

 リモートワークのデメリットを克服する道筋は、何か新たな取り組みを必要とするものというよりも、心理的安全性を備え、環境の変動に柔軟に適応していける組織を構築していく道筋と同一線上にあるといえそうだ。ただ、リモートワーク環境では、対面環境以上に、対話やおしゃべりの機会を作る工夫を凝らす必要がある。その具体的な手立てについて、次回は管理職のリーダーシップも視野に入れつつ、考えていくことにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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