第141回 リーダーシップの社会心理学(5) 〜リーダーシップ観の変遷とこれから〜

2022.09.5 山口 裕幸(九州大学 教授)

 優れたリーダーシップへの渇望は、原始時代の過酷な自然環境の中で生き延びるために、我々人間の祖先が集団で生活するライフスタイルを選択したときに始まったものだろう。今も昔も、リーダーの判断ひとつで、生活を共にする集落や社会の人々の命運が左右されることは少なくない。したがって、優れたリーダーシップの源泉として、リーダー個人の判断力や決断力に注目が集まるのは当然のことであろう。広い視野や、冷静で論理的な思考、公正で公平無私の態度、勇敢な行動力等が、優れたリーダーシップを発揮する基盤として考えられてきた。これは、メンバーの「上に立つ」存在としてリーダーを捉える視点が根柢にあるといえそうだ。

 しかしながら、近年、注目を集めているリーダーシップ理論の中には、「上に立つ」というよりも「フォロワーを下支えする」存在としてリーダーを捉える視点からアプローチするものが目立ち始めている。例えば、サーバント・リーダーシップ(Greenleaf, 1970, 1977)は、1970年に提唱された理論であるが、2000年代になって広く注目を集めるようになってきた。グリーンリーフは、リーダーは「奉仕者(servant)」であるべきだと説いている。フォロワーに尽くすことが、皆に慕われ信頼される持続可能性の高いリーダーシップを実現する道筋であるという主張である。

 確かに、フォロワーたちにとって、上からの指示で動かされる状態よりも、リーダーが自分たちを支えてくれる状態の方が、進んで自律的に喜んで仕事に取り組むことができるだろう。リーダーがフォロワーの成長を支える機能を果たすことで、チームや組織の効率性や生産性、創造的革新性を促進する可能性に注目するアプローチは、英雄をイメージさせたり、カリスマ性による組織変革を期待させたりする勇ましくて華麗なリーダーシップ論とは一線を画すものではある。ただ、画期的で独創的な視点に基づくものでもなく、むしろ素朴で堅実なリーダーシップ論といえるだろう。

 近年、同様の視点からアプローチするリーダーシップ論は多様に提唱されている。このコラムでも紹介したように(127回参照)、「謙虚な(humble)リーダーシップ」(Schein & Schein, 2018)や「セキュアベース・リーダーシップ」(Kohlrieser, Goldsworthy & Coombe, 2012)、さらには心理的安全性構築の観点から改めて注目されている「包摂的(inclusive)リーダーシップ」(Hollandar, 2012; Edmondson & Lei, 2014)、「オーセンティック(authentic;偽りのない自分らしい)・リーダーシップ」(Avolio & Gardner, 2005; Gardner, Cogliser, Davis & Dickens, 2011)等が代表的なものとしてあげられるだろう。

 オーセンティック・リーダーシップは、変革型リーダーシップの研究からフルレンジ・リーダーシップ論(Bass & Avolio, 1997; Avolio, 2010)を経て発展してきたものである。チームや組織を変革していこうとするとき、「上に立って」権力に基づく指示や命令に頼るのではなく、フォロワーたちが進んで変革に取り組むように支援するリーダーシップの重要性に光を当てるものである。これは50年前に提唱されたグリーンリーフの主張が的を射た本質的なものであることを示唆している。

 もちろん、こうした「フォロワーを下支え」して、その成長を促すリーダーシップにも弱点はあるだろう。よく指摘されるのが、チームや組織の意思決定の遅さである。皆の意見を出し合い、互いによく聞いて、皆が納得するプロセスを重視すれば、自ずと決定に時間がかかってしまう。他方、社会の変動のスピードが速い中で、じっくりと話し合ってばかりもいられない現実がある。時間がかかってしまうことは重大な弱点のように感じられる。ただ、普段から「フォロワーを支える」リーダーシップを発揮することは、次第にリーダーへの信頼を醸成することにつながり、「このリーダーの言うことならば」、「この人がそう判断するのなら」とフォロワーたちが喜んで進んでリーダーについていく状態を作り上げることにつながる可能性を大いに秘めている。

 スピードを重んじるあまり、拙速な判断を繰り返すリーダーは、ビジネスの世界にも、政治の世界にも多いように見受けられる。近年のリーダーシップ研究の変遷は、そのことを他山の石として、また実証科学的検討に基づいて、上に立って指示をするリーダーの判断の的確性や公正性には限界があることを認識したうえで、部下の成長を支えるリーダーシップの重要性に着目してきたといえそうだ。もちろん、社会の変化の様相も深く影響をもたらしている。これからもリーダーシップ論は、リーダーとしてのあり方という哲学的視点と、いかにフォロワーとの関係を適切で生産的なものに作り上げていくと良いのかという実践的視点を融合させながら、時代と社会の変化を色濃く反映した理論へと変遷していくことになるだろう。

【引用文献】
Avolio, B. J. (2010). Full range leadership development. Sage Publications.
Avolio, B. J., & Gardner, W. L. (2005). Authentic leadership development: Getting to the root of positive forms of leadership. The Leadership Quarterly, 16, 315-338.
Bass, B. M., & Avolio, B. J. (1997). Full range leadership development: Manual for the Multifactor Leadership Questionnaire. Palo Alto, CA: Mind Garden Inc.
Edmondson, A. C., & Lei, Z. (2014). Psychological safety: The history, renaissance, and future of an interpersonal construct. Annual review of organizational psychology and organizational behavior, 1(1), 23-43.
Gardner, W. L., Cogliser, C. C., Davis, K. M., & Dickens, M. P. (2011). Authentic leadership: A review of the literature and research agenda. The leadership quarterly, 22(6), 1120-1145.
Greenleaf, R. K. (1970). The servant as leader. Indianapolis: The Robert K. Greenleaf Center.
Greenleaf, R. K. (1977). Servant Leadership: A journey into the nature of legitimate power & greatness, Mahwah, NJ: Robert K. Greenleaf Center.(R.K. グリーンリーフ, 金井壽宏(監訳)、金井真弓(訳)『サーバントリーダーシップ』 英治出版、2008年).
Hollander, E. P. (2012). Inclusive leadership: The essential leader-follower relationship. Routledge.
Kohlrieser, G., Goldsworthy, S., & Coombe, D. (2012). Care to dare: Unleashing astonishing potential through secure base leadership. John Wiley & Sons. (『セキュアベース・リーダーシップ ―〈思いやり〉と〈挑戦〉で限界を超えさせる』、G. コーリーザー、S. ゴールズワージー、D. クーム(著)、東方雅美(訳)、プレジデント社、2018年)
Schein, E. H., & Schein, P. A. (2018). Humble leadership: The power of relationships, openness, and trust. Berrett-Koehler Publishers. (『謙虚なリーダーシップ―1人のリーダーに依存しない組織をつくる』、E. A. シャイン、P. A. シャイン(共著)、野津智子(訳)、英知出版、2020年)
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