第160回 人手不足解消への道筋を考える(3)~海外からの労働者を積極的に雇用するアプローチ~

2024.3.29 山口 裕幸(九州大学 教授)

 産業現場で深刻化する人手不足を解決する方向性として考えられる4つのアプローチについて順番に議論している。最初に、魅力ある職場づくりによる若い労働者の確保について議論し(本コラム158回)、次に高齢者の再雇用について考えた(本コラム159回)。今回は、3番目に海外からの労働者を積極的に雇用するアプローチについて考えてみたい。

 このアプローチは、労働政策、経済政策との関連も深く、すでに長年にわたって外国人労働者受け入れの実績もある取り組みである。2019年4月からは特定技能在留資格制度も始まり、コロナ禍の影響はあったが、今後ますます外国人労働者の受け入れが進むことが考えられる。

 しかしながら、これまでの我が国の外国人労働者の受け入れは、必ずしも順風満帆に進んできたとは言えないところもある。その大きな原因は、日本側の企業、産業現場の外国人労働者に対する認識の誤りにあるとする指摘が多い。実際のところ、日本人が敬遠するきつい仕事を安い賃金でやってもらうために、外国人労働者を受け入れようとして問題が発生する例が後を絶たない。この考え方は「安く雇いたい」という思いばかりが先行していて、労働者の人権を軽視していると言われても仕方ないものである。もちろん、近年では、時代錯誤的な捉え方は少なくなっており、今後さらに改善されていくと期待したい。

 ただ、社会心理学的な観点から懸念されるのは、いわゆる「文化摩擦」と表現されるような職場の人間関係に発生する問題である。本コラム136回でも紹介したように、欧米と比較したときの日本人のメンタリティの特徴として、「相互協調的自己観」の存在がある。これは、自分とは何者かを考えるときに、常に周囲の人々との関係性に思いを馳せ、その人達との関係性によって自分自身の存在を定義しようとするメンタリティである。これに対し、欧米の人たちは「相互独立的自己観」を強く持っている場合が多く、自分の持っている能力や性格に基づいて定義しようとするメンタリティが強い。この自己観の違いは、その人が社会生活を送る際の「当たり前」の感覚に強く影響する。

 日本の場合、初めて会う人達との集まりであっても、その人達とのつながりを意識して発言したり行動したりすることが「当たり前」だと知らず知らずのうちに考えてしまう。従って「空気を読んで」発言したり行動したりするようにしなければならないと思ってしまうし、他の人達にもそれを期待してしまう。「一から十までおっしゃらなくても、お気持ちお察しいたします」「皆まで申しませんが、どうかお察しください」の関係が、初めて集まる人たちの間でもなんとなく成り立ってしまうのが、日本人同士の関係の特徴と言えるのだ。

 それに対して、欧米の人たちは「私とあなたは、生まれも育ちも違うし、違う人間同士だ。だから、私の考えは明瞭にあなたにわかるように伝えるし、あなたも考えていることはちゃんと言ってください」の関係が基本である。もちろん、言わずとも思いが伝わり合う惻隠の情で成り立つ関係も、付き合いが長くなればでき上がることはあるが、それでも他者との間では「思っていることは言わなければ相手にはわからない」のが当たり前の感覚なのである。アメリカの夫婦や親子の間では、ことあるごとに、互いに"I love you"と言い合っている場面に出くわすが、日本人の夫婦や家族であれば「そんなこと言わなくてもわかっていることだろう」と言いたくなるような場面ではある。

 もちろん、外国人労働者の出身国は世界中に広がり、上述した2つの「当たり前」とも異なる「当たり前」が存在する可能性は高い。日本人の場合、異なる当たり前と出くわすと、「郷に入っては郷に従え」、「ここは日本なんだから、日本に合わせなさい」という気持ちになりがちだ。筆者もかつて大学の管理職を務めたときに、外国人の先生から、「12月24日に出席を義務とする会議を開くのはおかしい」と詰め寄られたときには、つい「ここは日本なので、クリスマス・イブは関係ないのです」と紋切り型の拒絶をしてしまったことがある。互いの「当たり前」をぶつけ合っても、人間関係にヒビが入るだけのことで、生産的ではないことは冷静に考えればわかりきったことなのだが、つい自分の「当たり前」の方を優越させてしまおうとしてしまったのである。

 我が国の少子高齢化は確実な歩みであり、今後は、外国人労働者の活躍に頼らねばならないことも増えてくると考えられる。外国人労働者を積極的に受け入れて、日本社会で活躍してもらうには、一人ひとりに敬意を払うことは大前提の重要課題である。自分が見知らぬ人ばかりの外国で働くことを考えれば、その重要性は指摘するまでもないと言えるだろう。ただ、その敬意の中には、相手が生まれ育った国や地域の文化、潜在的な意識の中に埋もれている「当たり前」の価値観を尊重することも含めておきたい。異なる文化の国で生活してみると、「当たり前」のことが意外と違って驚いたり、戸惑ったりすることが多い。外国人労働者が日本で働くときに出合うであろうそんな驚きや戸惑いを楽しみに変えていけるように、我々日本人の異文化への接し方も拒否的ではなく興味深い考え方を見つけようとする受容的なアプローチが大切になってきている。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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